第五話 悪意の咆哮


 なぜこうなった。


 気づけば知らない冒険者と歩いて迷宮ダンジョンの方面へ向かうことになっていた。

 いや違う、こいつらが勝手についてくるのだ。


 「それにしてもお前、大荷物だな。どこから来たんだ?」

 「南の方の村です」

 「そんな村あったか?」


 門番と同じこと聞いて来やがって。

 俺だってそんな村があるかなんて知らねーよ!


 「ありますよ。それより、あなたたちはどこへ行くんですか?」

 「そりゃお前、迷宮ダンジョンだよ。わかるだろ?」

 「あなた方が……ですか?」


 これまでの初級冒険者ビギナー達とは違い、こいつらは明らかに強そうだった。

 今更あんなカスみたいな魔物しか出てこないところに行く必要あるのか?


 別に理由を深堀したわけじゃなかったが、大男が勝手に話し始めた。

 

 「俺の弟がよ、昨日から帰って来ねーんだ。

  まさかとは思うが念のために……な」



 あの中に、こいつの弟がいたのか?



 スキンヘッドに巨躯、背中からは出刃包丁のような片刃の巨大な剣を背負っている。

 少なくともこれに近しいやつはいなかった気がするが……


 俺が不思議そうな顔をしていたからか、仲間のうちの一人が話しを補足する。


 「ダリンの弟はね、クリスって言うんだ。

  おっきい体に全身の鎧なんて着込んじゃってね。

  ……こいつとは大違いで、慎重で可愛い子なのよ」

 「なんだ? 俺を馬鹿にしてんのか?」


 赤髪の女性が揶揄すると、そこで一頻り笑いが起こった。


 家族が死んでるかもしれねーってときによくもまあ笑えるもんだ。

 まあこいつらなりの強がりみたいなものなんだろうけど。



  そういや、二番目の冒険者が言ってたな。

 


 ____クリス達が先に来てたはずだよな?____



 てことは、最初のあいつらの中の一人だ。フル武装してたやつ。

 だとしたらもう、この世にはいねーな。


 「それは心配ですね」

 「まあな、たった一人の兄弟だからよ」



 こいつ、弟思いなのか…………ハハァ、この情報は使えるかもしれない。



 その瞬間、形を持たなかった俺のプランの方針が確定した。



 ああ、笑いをこらえないとついつい吹き出してしまいそうだ。

 とりあえず、あいつスライムには指示だけ出しておくか。

 


……………………



 程なくして、迷宮の前まで辿り着いた。

 道中はこいつらのおかげで安全に過ごすことができたのはまあよかった。


 しかしダリンこいつは、まさか家族の仇を守ってるなんて思いもしてねーだろう。


 「あの……ありがとうございました。どうかお気をつけて」

 「おう坊主。お前こそ気をつけてな」


 冒険者をやっていれば、殺し殺される覚悟も必要なはずだ。

 自身の成長のために、ある生物を一方的に奪う、そんな虫のいい話が許されるはずもない。

 その因果は必ず応報するのだ。


 俺は忠告した。ここから先、どうなっても後悔するなよ?


 


 ……人の善意を踏みにじるのは罪悪感が伴う、普通の人間であればそうだ。

 


 だけどいつからか、それに勝る快感を得るようになった。


 いつからか、それが悪辣であればあるほど、心が高ぶるようになった。


 

 それが俺という人間の生まれ持ったサガだ。

 人生という欲望の道筋が、他の奴らよりも醜悪だっただけだ。

 


 そしてこの世界に渡ってくるときに、その枷はすでに外れてしまっていた。

 いや、俺自身ももう後に戻るつもりはない。



 俺は俺の理性本能に従って生きるだけ。



 こうして俺は、迷宮には戻らず、画面スライム越しに、見届ける事にした。

 すでに結果の決まっている、事の顛末を。



〓〓〓〓〓

《ダリス視点》


 俺は仲間と見慣れた階段を下っていた。

 過去に何十回と降りた、懐かしい学びの庭へと続く道。


 下まで降りれば、広大な原っぱに出るのだ。

 真昼のように明るく、そよ吹く風も心地よい。

 出てくる魔物も、油断していても決して負けるような類のものはいないはずだ。

 

 だからこそ余計に信じられなかった。

 こんな場所で、二組の冒険者が行方不明になるなんて……



 しかもそれがまさか……弟だなんて…………俺ぁ悪い夢でも見てるのか?

 


 俺は、念には念を入れ、いつものメンバーを緊急招集した。

 レイカに、ポルド、ゴウヒムの三人だ。

 気のいい奴らで、俺に気を遣ってそれとなく慰めてくれている。


 「それじゃあ探すよ、あんたたち!ぼさっとしてないでほら、はやく」


 赤髪を翻して進むレイカは、俺たちのムードメーカーでもあり、このパーティの魔法職を務める強者でもあり、俺の幼馴染でもある。

 何かあるとすぐにかけつける、超がつくほどの、やかましいくらいのお節介だ。

 だけど、今回ばかりはその明るさに救われている。



 それから少しして、仲間の一人が声を上げたのだ。


 「おい!こっちに来い!! 早く!!!」

 

 急かすような声色。何か状況が変わったであろうことは間違いなかった。


 心臓が早鐘を打つように、ドクドクと張り裂けそうなくらい律動する。

 見たいけど見たくない……それはどういう意図の、どっちの意味の呼び掛けだ?



 意を決して近くに駆け寄ると…………



 「にっ……兄ちゃん……なの?」



 ああ、あああああ!



 「クリス、お前クリスだよな? どうしてこんなところで」



 間違いない、この俺が間違えるはずがない、やっぱり生きてたんだ。

 よかった、本当によかった。

 


 「レイカ! は、はやくクリスに治療ヒールを……」



 言うより早くレイカが駆け寄り、クリスに向けて手をかざす。



 しかし、兄ちゃんなんて呼び方は、幼い頃以来だった。

 それほど弱るくらいに憔悴しているということだ。


 普段は仲間二人と行動しているはずだが、それもどこにも姿がないのだ。 

 一体ここでなにが起きたのか、想像もつかなかった。


 

 治療中のクリスに尋ねようとした瞬間のことだった。



 剣が生えた。

 目の前のレイカの背中から鮮血を纏う真紅の剣が生えたのだ。

 自分で何を言っているかわからない。錯乱してる? なんなんだこれは。



 「おお、おおおおおおお、レイカぁぁぁぁ!!!」

 

 

 仲間の声でハッと目が覚めた…………刺された、レイカが、刺された!


 ポルドとゴウヒムが駆け寄るが、レイカはすでに事切れていた。

 だらりと横たわるその姿は、魂の残滓も感じさせない、完全な命の終わりを告げる。


 「てめぇぇぇぇぇぇx!!何てことしやがる!!!」


 二人がその持て余す程の激情を向けた先にいたのは、クリスだった。

 その剣の持ち主は、間違いなくクリスだったのだ。


 「た……助けて、たすけて…………」


 助けを求めるクリス見た時、俺の疑念は跡形もなく吹き飛んでしまった。


 「てめえらやめろぉぉぉぉぉ!こりゃあ何かの間違いだ!

  違いねぇ、クリスは何者かに操られている!!!」


 確信なく発した一言で、二人の動きが止まる。

 そしてそれが大きな誤りだった。


 鮮血に染まった長剣ロングソードが翻る。 


 そこでポルドは首を切り裂かれ、自身で作った血だまりの中に、自ら飛び込んでいった。


 その横にいたゴウヒムは、右肺を貫かれた。

 空気の漏れる音、血が肺へと逆流し、ゴリュゴフと激痛の中悶え苦しみ、ジタバタしている。

 それを治してやれる奴は、もうこの場にはいない。

 

 そして俺の目の前には、3人の血で赤黒く染まった、クリスの姿があった。

 此の期に及んでもなお、俺に助けを求めてくる。


 「兄ちゃん、僕をたすけてよぉ。お願い、兄ちゃああああん」


 そうだ、そうだろ、弟はこんな話し方はしない。

 誰かにすがりつくなんて情けないことは絶対にしない。

 


 俺の淡い期待が、自分本意な解釈が、仲間の人生を終わらせた。

 ちゃんと冷静に考えていれば、疑問に思っていれば、気づけていたかもしれなかったのに。



 もう何もかもが手遅れだった。



 俺の体のど真ん中に、その剣は納められた。

 そしてそれが振り下ろされると体の中らか臓物がまろび出るのがはっきりと見える。

 手で抑えようとしても、洪水のように溢れ出るそれは塞き止められなかった。


 

 ああ、ああああ、ここは地獄だ。

 これまでの人生の全てを否定される、地獄以外のなにものでもなかった。



 命の灯火が消える直前、それクリスと目が合った。

 何の光も映さない、俺の死を観察する瞳。


 その顔がひどく歪んだ。



 ____ニタァァァァァァ____



 そしてクリスのような、弟のような形をした何かは、勝ち鬨を上げるようにただただ笑った。

 この惨劇の顛末を心から楽しむように、弟の声で笑ったのだ。



 『ギャハハハハハハハハハハッハハハハハハハハハハッハハッハハァ』



 意識が次第に遠のく頭の中に下卑た笑い声が充満していく。

 俺の人生最後の感情の全ては、その悪意の咆哮に塗り潰されたのであった。


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