夏祭り

 旅行から帰ってきて、私はちゃんと浴衣が着たくなった。

 仲居さんにもう少し近づきたいのだ。

 しかし、浴衣を着られる機会というのはあまりない。

 そこで、お祭りにやってきた。

 ちょっと良い浴衣を着て草履を履き、気合は十分だ。


「慧、どう?」

「似合ってる」

「ありがとう!」


 慧も浴衣を着ているのだが、履物はスニーカーだ。

 草履は嫌だったらしい。


「それじゃあ屋台を回っていこう」

「うん」


 目的は半分達せられているのだが、せっかく来たので楽しみたい。

 私の屋台に向く足は自然と速くなる。


「美咲、待って」


 だが、すぐに慧から待ったがかかった。


「なに?」


 私がどうしたのかと思っていたら、慧が私の手を取った。


「もう大丈夫」

「……どうしたの?」

「美咲がはぐれないように」


 随分な理由だった。

 お祭りは人が結構多く、確かにはぐれたら探しづらいかもしれない。

 しかしはぐれるほど多くはない。


「私はそんな子供じゃないよ?」

「ダメ?」

「ダメじゃないけど……」

「じゃあこれで」

「まあいいか」


 慧にそんなことを言われたのが少しショックだった。

 手を繋ぐの自体は構わなかったので、そのまま屋台を回ることにした。


「おいしいね」


 屋台はいろいろな種類があって楽しい。

 焼きそば、わたあめ、イカ焼き、かき氷などなど。


「……うん」


 慧の視線が少し痛い。

 食べ物屋ばかり回ったのは夕食の代わりだからだ。

 だからそんな目で見ないでほしい。


「慧、次はあれに行こう!」

「うん」


 やってきたのは射的。

 遊びだってしたいと思っていたんだ。


「いらっしゃい!」

「お願いします」

「まいど!」


 店主さんからコルク銃を受け取って、景品に狙いを定める。

 とりあえず、大きめで軽そうなのを狙う。


「えい!」


 ぽんっと小気味良い音を立てて、コルクは景品を避けてどこかへ消えた。


「……あれ?」

「もう1回やるかい?」

「お願いします」

「美咲、頑張って」


 再チャレンジ。


「……なんで!?」


 コルクはまたも外れた。


「美咲、元気だして」


 慧に頭を撫でられた。

 その目はさっきと同じだった。


「うぅ」


 外したことより元気づけられたほうがショックだ。


「次は僕が」

「お、彼氏さんが敵討ちかい?」

「……」


 そういえば、今までは恋人扱いをいちいち否定していたが、今はなんとも思わなくなった。きっと慣れたのだ。


「はい」

「まいど!」


 今度は慧が挑戦。

 慧がコルク銃を構えると、なんだか様になっている。


「おめでとう! お菓子だよ」

「はい」


 慧が打ったコルクは、吸い込まれるように景品へ向かい、見事に撃ち落とした。


「……慧、おめでとう」

「ありがとう」


 慧はなんとなく外さないだろうと思っていたけど、簡単そうに当てて私は更にへこむ。


「嬢ちゃん、これあげるから元気出しな」

「え? あ、ありがとうございます」


 見かねた店主さんからお菓子をもらった。

 店主さんからも私は子供に見えるのだろうか。

 いや、善意に文句を言ってはいけない。


「慧、次はあっち!」

「うん」

「頑張れよー」


 それから、金魚すくい、カタヌキ、果てはくじ引きまでやったのだが、結果は思わしくなかった。

 ヨーヨー釣りは私もできたので全滅ではないのが救いだ。

 それよりも、今は別の問題が発生した。


(足が痛い)


 草履のせいで足を痛めたのだ。

 まだ痛くなり始めただけなので、少し休憩すれば良いのだが、ベンチはいていない。


「美咲、どうしたの?」

「大丈夫。気にしないで」


 慧が私の様子に気づいて声をかけてくれたが、なんとなく言いたくなかった。


「慧、あっちに行ってみよう」

「……うん」


 私もスニーカーにすればよかった。

 そう思いながら、屋台通りを外れてベンチを探す。

 しかし、見つからなかった。

 更に歩いて足の痛みが増していく。


(今日の私って、ついてないのかな?)


 そんな事を考えてしまった。


「美咲、足が痛いの?」


 今度は慧に言い当てられてしまった。


「……うん」


 ごまかしきれなかった。


「じゃあ、はい」


 そう言うと、慧はしゃがんで手を後ろに向けた。

 おんぶの姿勢である。


「……ありがとう」


 私は慧におぶさった。

 慧の手や背中から体温を感じる。

 首筋からはほんのり汗の匂い。

 歩みに合わせて振動が伝わる。


(慧も男の子なんだ)


 私を背負っても遅くならない歩みは、私にそう思わせた。


「美咲、降りて」

「うん」


 慧は見晴らしの良い原っぱで私を降ろした。

 そして、持ってきていたらしいレジャーシートを敷いた。


「座ろう」

「うん」


 慧の準備の良さに感心しつつ、慧と私はレジャーシートに座った。

 草履を脱いで足を見てみると、見た目はそこまでおかしくなかった。


「美咲、大丈夫?」

「ちょっと痛いけど、休んでれば大丈夫」

「痛いの痛いの飛んでいけー」


 私の足を見た慧は、何を思ったかそう言った。

 心配してくれるのはもちろん嬉しい。

 元気づけてくれるのも、もちろん嬉しい。

 だがなぜ子供向けのおまじないなのか。


「慧、もしかしてわざとやってるの?」

「ん?」


 伝わらなかったので、どうやらわざとではないらしい。

 素ならそれはそれで傷つくのだが。


「……美咲?」


 私は慧の肩に頭を乗せて寄りかかった。

 慧の認識については帰ってからお話するとして、今は開き直って甘えることにした。


「動かないで」

「分かった」


 それから私は、足の痛みが引くまで慧に寄りかかった。

 慧はその間、ただただ黙っていた。

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