旅行1

 夏休みの良いところは、大人たちが平日の日に遊べるから施設がいているということだ。

 今日は、そんな日を利用して旅行に行くことにした。

 お母さんも誘ったのだが、用事があるらしい。

 慧と2人で1泊2日だ。


「……財布よし。着替えよし。うん、全部ある!」


 荷物の最終チェックを終え、準備万端だ。

 財布には苦労してもらったアルバイト代と、お小遣いがちゃんと入っている。


「慧、荷物ちゃんと揃ってる?」

「大丈夫」

「じゃあ行こう!」

「うん」


 慧の荷物も揃っているようなので、いよいよ出発だ。


「お母さん、行ってきまーす」

「行ってらっしゃい。楽しんできてね」


 私達は駅に向かった。


◇◆◇


 駅に着くと、電車がちょうど来るところだった。

 満員ではなかったが、席がいているわけでもなかったので2人で端に立った。


「慧、がんばって」

「……うん」


 慧は座れないことが嫌そうだ。

 私も座れた方が嬉しいが、ここまでではない。

 前の席が空いたら慧に座ってもらおう。


「……え、何この人数」


 しかし、電車は席が空くどころか、満員になった。


「きゃあ!」


 いや、それ以上だった。

 空いている方がいいからと、平日に行くことにした。

 早く着きたいからと、学校に行く時間と同じくらいに家を出た。

 つまり、今は最も混む時間だということだ。

 良いことばかりに目が向いて、考えていなかった。


(え、まだ乗るの!?)


 そしてどうなったかと言うと……


「む、無理ぃ!」

「美咲、痛い」


 押される流れに負けて慧の足を踏んでしまった。


「ごめん! わざとじゃないの!」

「うん。大丈夫」


 大丈夫ならそっとしておいてほしかった。


「もっとこっちに」

「あっ」


 慧に言われ、そして他の人に更に押されて、私は慧と肩から足まで密着した。

 頭と足は交差させて、抱き合う形だ。

 というか慧は私の腰に手を回している。


「美咲」

「ひゃい」

「大丈夫?」

「う、うん」


 慧のささやき声が耳元で聞こえる。

 普通に話したら耳元だと声が大きすぎるから気にしてくれているのだろう。

 だが、なんというか、こそばゆい。


「慧こそ大丈夫?」

「大丈夫」


 慧は普段と変わらず、たくましいものだ。


「美咲、もっと来てもいいよ」

「え、もっと?」


 そんなスペースは無いはずだが、私はそのことには触れず、そっと体を預けた。


◇◆◇


 電車に揺られてしばらくして、乗り換え駅に到着した。

 慧との電車旅はまだ続く。


「慧、降りよう」

「……うん」


 密着する体勢を解いて、頑張って降りる。

 次の電車は座ることができた。


「空いてて良かったね」

「……うん」


 だが慧はなんとも言えない微妙な表情をしていた。

 嬉しくないのだろうか。


「慧、ほら、良い眺めだよ!」


 ここは話題を変えよう。

 さっきまではよく見えなかったが、今なら窓から自然がよく見える。

 旅行に来た甲斐があると言うものだ。


「うん」


 慧はさっきよりいい表情になった。


「慧? 景色を……」


 しかし慧は窓を見ずに私を見ているのだが。


「美咲の方が見ていたい」

「ちょ……」


 思わず絶句。

 ストレートにこんなことを言われるとなんと返せば良いのか分からない。


「あ、ありがとう」


 私はそれから慧の方を向けなかった。

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