夏休み
夏休み。
それは学生にとって素敵な日々。
一日中遊べる日が何日も続く。
「……」
テストも終わり、私はなんて事のない一日を過ごしていた。
……何もなくて暇だった。
(慧がもう寝そう)
慧といっしょにリビングでテレビを見ていたが、慧は飽きたのか、うたた寝状態である。
「慧、何かしようよ」
私も別に好きだから見ているわけではないので退屈なのだ。
私は慧を揺すりながら話す。
「……何かって……何?」
「特に思いつかないけど」
「……思いついたら……教えて」
「少しは考えてよ」
「……美咲が……したいことを……すればいいよ……」
慧には考える気がないようだ。
「もう……」
座ったままバランスを保っているので完全に眠ってはいないのだろうが、慧はそれっきり何も言わなかった。
私は慧をやや強く押した。
(あれ?)
だが慧はびくともしなかった。
次は引いてみた。
「うわあ!」
そしたら慧は私の方に倒れてきた。
慧の頭が私の足に乗る。
(あれ、動かない)
慧を戻そうとしたが、全く動かせなかった。
「なんで~?」
しばらく試してみたが、結局慧は動かせなかった。
(まあいいか)
私はそこまでどいてほしいわけではない。
なんなら横にずれれば良いのだ。
「ふぁ~」
慧を見ていると私も眠くなってきた。
どうせ暇だからと、私も横になる。
◇◆◇
「……さき。美咲」
「ひゃあ!?」
頬に走る衝撃で、私は目覚めた。
「あ、お母さん?」
目覚めると、アイスを持ったお母さんがいた。
「これ、慧君の分ね」
「あ、ありがとう」
私は、慧の頬にもアイスを乗せた。
「……冷たい」
慧は驚かなかった。なぜだ。
「で、美咲は夏休み中ずっとそうしているつもり?」
「慧が動かなくて」
本当は慧が動かなくても私が動けることは言わなかった。
「じゃあこれ」
お母さんから耳かきを渡された。
「なんで!?」
「今すごく良い体勢でしょ?」
「あ、確かに」
慧は今、私の膝枕で寝ている。
体勢としてはちょうど良い。
「じゃなくて!」
だがそうするかは別の話だ。
「良いじゃない。お母さんならお父さんにあんなことやそんなことや、したいことがたくさんあるのに」
「……」
お母さんのお父さんに対する愛は私でもたまに引きそうになる。
ちなみにお父さんは単身赴任中で家にはいない。
「それに、力づくじゃなくて、優しくすれば自然とどいてくれるんじゃない?」
「えぇ」
「嫌ならお母さんがやろうか?」
「……私がやる」
「そう? じゃあごゆっくり~」
お母さんはニコニコしながら部屋を出て行った。
「慧、耳かきするから動かないでね」
「うん」
私は慧の耳に耳かきを差し入れる。
力を入れすぎないように、そっと動かしていく。
「ぁ……」
慧の声にならない声が聞こえてきた。
「ふっ」
「ぁ……」
私は慧の耳に息を吹きかけた。
今度は体もピクっと動いた。
なんだか楽しくなってきた。
「慧、反対向いて」
「……うん」
慧がその場で寝返りを打って反対の耳が上になる。
慧の吐息がお腹にあたって、温かいようなくすぐったいような感じだ。
「ひゃあ!?」
寝返りを打った慧に脇腹を指で突かれた。
「ちょっ……やめっ」
しかも何度も。
抵抗しようにも動きづらくて逃げられない。
「ご、ごめんって!」
私が耐えかねて謝ると、慧はやめてくれた。
どうやら嫌だったらしい。
次は気をつけよう。
「こっちの耳はちゃんとやるから」
反対の耳はさっきより長くなったが、慧は声を上げなかった。
(終わったけど……)
両方の耳かきが終わったが、最後はなんだか物足りない気がした。
もちろん息を吹きかけたりはもうしないが。
ともかく、これでどいてもらおう。
「慧、起きて」
「……」
慧に起きてもらおうと思ったが、慧は動いてくれなかった。
というかさっきより重みが増している気がする。
(もしかして)
試しに慧をうつ伏せになるくらいまで転がすと、見事に眠っていた。
慧のお腹が規則的に動いているのがよく分かる。
「あら? 慧君寝ちゃった?」
「あ、お母さん。うん、そうみたい」
いつの間にかお母さんが後ろから覗き込んでいた。
「幸せそうな寝顔ねぇ」
「そうかな? そうかも」
言われてみれば、慧の寝顔はいつもよりなんとなく幸せそうだった。
「これは起こせないわねぇ。毛布持ってくるわ」
「あれ、私このまま!?」
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