伝説

 翌朝。

 目覚めた私は体が軽くなっているのを感じた。

 元気になったのだ。

 それもこれも、看病してくれた慧のおかげなのだが……


(あれ、いない)


 今度は慧がまた風を引いてしまったのかとも思ったが、それだといないのがおかしいから違うだろう。

 とりあえず学校に行く準備をしてリビングに降りた。


「お母さん、おはよう」

「おはよう」


 リビングには朝ごはんがもうできていて、良い匂いがした。


「美咲、おはよう」

「あ、慧。おはよう」


 そしてそれを食べている幼馴染が。

 こっちにいたのか。


(馴染んでるなあ)


「……何?」

「なんでもないよ」


 お母さんが歓迎しているから私は構わないのだが、朝ごはんまで食べていると思うことがなくもない。


「いただきます」


 とりあえず、私も朝ごはんを食べる。


「……何?」

「え? いや、何でもっ」

「?」


 慧とご飯を食べることなんて今までたくさんあったはずなのに、今はなぜか気になる。


「美咲、ご飯少なくしたほうが良かった?」

「大丈夫だから!」


 いつもどおりで良い。

 変な気遣いはいらないから、嬉々として聞かないでほしい。


「ごちそうさま」


 少し時間はかかったが、普通に食べ終わった。


「はい、じゃあ行ってらっしゃい」

「行ってきます」


 私は慧と学校に向かった。


「おはよ……?」


 教室に着くと、どこか注目されているようだった。


「あの、地原さん。神井君と結婚したって本当?」

「……え?」


 クラスメイトにとんでもないことを聞かれた。

 恋奈に聞かれていたならいつもの冗談だと思うだろうが、そうじゃない。

 他のクラスメイトも答えを聞きたそうに見える。


(私がいない間に何があったの!?)


 私が動揺していると、ホームルームのチャイムが鳴り始めた。


「あ、また後でね」


 とりあえず逃げる。


「ホームルームを始める。席につけ」


 田中先生の声もあり、私にさらなる追及はなかった。


「セーフ!」


 チャイムが鳴り終わる直前、恋奈が遅刻寸前に登校して来た。

 セーフではあるが、なぜもっと早くこないのか。


「全員揃ったな」


 田中先生は何も言わないが、呆れているようだ。


「もうすぐ期末テストがあるが、直前だけ勉強しても意味はない。日頃の積み重ねが大切だ。できてない生徒には夏休みに補習が待ってるから頑張るように」


 なかなかに刺さる言葉だ。

 私は授業で分からない所があれば、慧に教えてもらっているから大丈夫だが。

 ちなみにこの学校には中間テストがない。楽だ。


「先生に夏休みをくれ」


 最後のは悲痛な叫びに聞こえた。

 田中先生のためにも頑張ろう。


「あと、神井と地原は放課後に職員室まで来るように」

「え? あ、はい」


 呼び出されるなんて珍しい。

 何も悪いことはしていないはずだが。


「こんなものか。じゃあ授業を始める」


 クラスといい、先生といい、私がいない間に何があったのだろうか。


◇◆◇


「今日はここまで」


 チャイムが鳴って授業が終わった。

 結局私は授業に集中できなかった。


「地原さん。で、どうなの?」

「えっと……」


 そして押し掛けるクラスメイト。

 私はその圧にたじろぐ。


「神井君、地原さんと結婚したの?」


 それは慧にも及んだ。

 そもそも、なぜこんなことを聞かれるのだろうか。

 私はもうすぐだが、慧が結婚できる年になるのはまだ先だ。

 結婚などできるはずがないというのに。


「してない」


 慧は気づいていないのか、気にしていないのか、淡々と答えていた。


「新婚旅行は?」

「してない」

「いつも通りイチャついてたんでしよ?」


 クラスメイトにはそう見られていたのか。

 恥ずかしくなってきた。


「?」


 だが慧はピンときていないようだ。


「ダメだよ。神井君にはもっとストレートに聞かないと」


 少し膠着したクラスメイトと慧に、恋奈が補足。


「あ、じゃあ何してたの?」

「美咲と寝てた」

「え……」


 ざわつくクラス。

 間違ってないのだけど、その言い方はまずい。


「えっと……ごめん」

「やめて! 違うから!!」


 恋奈に本気で謝られた。

 反省しているようだが、反省すべきはそこじゃない。


「私、2人が堂々とイチャイチャできるように空気を作ろうとしてたんだけど、そんなの必要なかったね!」

「空気? え?」


 恋奈がおかしなことを自白し始めた。


「もしかして、この噂を広めたのって・・・」

「もちろん私だよ」


 噂は恋奈のせいだった。


「恋奈あ!」

「だからごめんって」

「そうじゃない!」


私は恋奈をいつもより強めに怒った。

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