風邪4

 昨日は慧の看病をした。

 私のせいだろうから当然のことなのだが、人に良いことをすると気分が良い。

 これで元気になった慧と気持ち良く学校に行けるはずだったが……


「けほっけほっ。熱い~。いや、寒い?」


 今度は私が風邪を引いた。

 慧の風邪が移ったのだ。

 一日一緒にいたのだから当然か。


「美咲、おはよう」

「慧? 元気になった?」

「うん。ありがとう」

「どういたしまして」


 慧は元気になったようだ。

 私が起きる前に私の部屋にいることについては、もう気にしない。


「お粥食べる?」

「お粥があるの?」

「うん」


 もうお粥があるとは。

 慧はいつからいたのだろうか。


「食べる」

「分かった。持ってくる」

「ありがとう」


 慧はお粥を取りに、部屋から出て行った。


(とりあえず起きよう)


 待ってる間に、体は起こしておこう。

 寝たままでは食べられない。


(う、体が重い)


 だが起きられなかった。

 風邪で力が入らなかったのだ。

 私が一夜で重くなったなどとは断じてない。


「美咲、起きられる?」

「ごめん、起こして」

「うん」


 私は慧に背中を支えてもらいながら起き上がった。

 すると、私の額から冷却ジェルシートが落ちた。

 貼ってあったことに気づかなかった。

 まだ冷たいが、粘着力が無くなっていてもうつけられなかった。


「ありがとう」

「美咲、あーん」

「う、うん。あ……」


 私は慧にお粥を食べさせられた。

 私が慧にしていたときは楽しかったが、自分がされるとなると恥ずかしい。

 学校でお弁当を食べさせてもらったときほどではないが。


「美味しい?」

「うん、美味しいよ」

「良かった」


(おや?)


 慧が少し喜んだような気がしたのが気になった。


「もしかして、慧が作ってくれたの?」

「うん」


 お粥を作ってくれたのは慧だったのか。

 お母さんかと思っていた。


「ありがとう。でもいつからいたの?」

「6時」

「え」


 私がいつも起きる時間の30分前だった。

 慧はそんなに早く来ていたとは、今更ながら驚いた。


(いつの間に)


 しかし、お粥を作るには足りないのでは無いだろうか。


(いや、私が寝坊しただけだ)


 時計を見てみると、もうすぐ午後になろうとしていた。

 それなら納得だ。

 だが慧は、6時間近くこの家にいたということになるが、お粥を作っていた時間以外は何をしていたのだろうか。


「そんなに早く来て他に何してたの?」

「美咲が起きるのを待ってた」


 それは何となく分かってる。

 何をして待っていたのかが聞きたいのだ。


「何をして?」

「何って?」


 慧に私の意図が伝わらなかったようだ。

 おかしい。


「待ってるとき何かしてたんでしょ?」

「美咲を見てた」

「え!?」


 予想していなかった答えだった。

 もしかして、待っていただけなのだろうか。

 否定できないのが怖い。


「美咲、熱上がった?」


 誰のせいだ。


「これ付けて」

「あ、うん。ありがとう」


 私は慧に新しい冷却ジェルシートを付けられた。

 ひんやりしていて気持ち良い。


「美咲、薬」

「ありがとう」


 薬も飲んで、あとは寝れば治るだろう。


「美咲、上脱いで」

「……え?」


 何を言われたのか分からなかった。

 服を脱げって? 慧が?

 きっと気のせいだ。


「なんて、言ったの?」

「脱いで」


 気のせいじゃなかった。


「そんなのできないよ!?」

「分かった」


 すると、慧は私のパジャマに手を伸ばし……


「慧のエッチ!」


 あろうことかボタンを外そうとした。


「何が?」


(あれ?)


 さっきから私の意図が伝わっていない。

 もしかしてわざとなのだろうか。


「だって、私の服脱がそうと……」

「体拭かないといけないでしょ?」

「え? あ……ああ」


 看病だった。

 私の早とちりだったようだ。

 でもこれは仕方ないことだ。

 私が恥ずかしがることなどない。

 言葉が足りない慧が悪いのだ。


「でもダメ」


 初めから看病だと言われてても、慧の前で服を脱いだりしないのだが。


「そうなの?」


 なぜ分からない。

 とはいえ、汗を拭きたい気持ちもある。

 着替えだってしたい。

 このまま寝るのは気持ち悪い。

 しかし、今の私は自分でできる自信がない。

 そして目の前には手伝う気に満ちた幼馴染が。


(う~ん)


「じゃあ、背中だけ……」

「うん」


 悩んだ末、私は背中を拭いてもらうことにした。

 私は慧に背中を向けて、パジャマを脱いだ。

 ボタンは自分で外した。


「あんまり見ないでよ?」

「うん」


 上はパジャマ一枚だったので、今見られているのは背中だけだ。

 ギリギリセーフである。

 前は布団で隠して、拭き終わるのを待った。


「腕は良い?」

「……お願い」


 腕ならまだ大丈夫だ。


「美咲、終わった」

「ありがとう」

「前は?」

「それは自分でやる」

「分かった。はい」

「ありがとう」


 慧からタオルを受け取って、前は自分で拭いた。

 このくらいできる程度には体が動かせて良かった。


「慧、替えのパジャマ取って。そこにあるから」

「うん」


 タンスを示して着替えを取ってもらった。


「はい」

「ありがとう。……ふぅ」


 着替えてようやく一息ついた。

 何というか、緊張した。


「それじゃあ慧、おやすみ」

「おやすみ」


 お粥も食べたので、眠ることにした。

 風邪のせいだろうが、いつもより疲れた。

 目を瞑ると、すぐ後に風を感じた。


「……慧!? 何やってるの!?」


 目を開けると、慧がベッドに入ってくるところだった。

 そして慧は、私に半ば抱きつくように密着した。


「温かい?」

「温かいけど、何してるの?」

「美咲を温めてる」


 温めてくれるのは寒かったから嬉しい気もする。


「え? えっと……ありがとう?」

「……すぅ」

「もう寝てる!?」


 しかし、私より先に眠るとは、なんとも言えない気分になった。


「慧……本当に寝ちゃったの?」


 私は慧の頬を突っついた。

 だが反応はなかった。

 本当に眠っているようだ。


(じゃあ……)


 私は昨日慧にされたように、慧に抱きついて足を絡ませた。

 温めに来てくれたのだから大丈夫なはずだ。

 私もされたし。

 私は落ち着く匂いに包まれて眠った。


◇◆◇


「うーん、ふあ~」


 目覚めると、眼前には慧の顔だけが映っていた。


「慧!? そうだ、そうだった」


 もうすぐ鼻が当たりそうなほど近くて驚いたが、自分でそうしたことを思い出した。


(慧はまだ寝てる)


 私は慧に近づいて鼻が当たった。


(この後はどうするのだろう)


 これからしようとするそれは、どちらかが顔を傾けるものだ。

 寝ながら頭を少しだけ起こすのは、微妙に辛い。

 かと言って、このままだとこのままだ。


「美咲、何?」

「へ? ……うわあ!」


 そうこうしているうちに、慧が起きてしまった。


「…………痛い」


 驚きのあまり、慧をベッドから突き落としてしまった。


「あ、ごめん! 慧、大丈夫?」


 焦ってベットの下を見ると、呆然とした慧がいた。


「美咲、何するの?」

「驚いて、つい」

「?」

「分からないなら良いの。ごめんね」


 私は慧に手を伸ばした。


「うん」


 慧も私の手を取って起き上がろうとしたが……


「うわっ」


 むしろ私が引っ張られてしまった。

 そして私までベッドから落ちてしまった。

 思ったより力が入らなかったようだ。


「…………痛い」

「慧、本当にごめん!」


 そして慧の上に落ちた。

 私は慧のおかげであまり痛くなかったが、慧にはひどいことをしてしまった。


「美咲、さっきからすごい音がしてるけど……」


 そこにお母さんが登場。

 すごくデジャヴだ。


「美咲、病み上がりでそういうこと・・・・・・をするのは良くないと思うの。我慢できなかったとしても、せめてベッドから出ないほうがいいわよ?」

「お母さんは何を言ってるのかな!?」


 お母さんには私とは違うものが見えているのだろうか。


「言わせないでよ。じゃあ温かくしてね」


 お母さんは言うだけ言っていなくなった。

 もう泣きそう。


「美咲、戻ろう?」

「もう少しだけこのままでお願い」

「うん」


 私は少し経ってから慧とベッドに戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る