風邪3

「……あれ?」


 気がつくと、窓から差す光が茜色になっていた。

 眠っていたようだ。

 慧との体勢は変わっていない。


「……くしゅん」


 汗をかいて冷えてしまったようだ。

 今度は私がくしゃみをした。

 そういえば慧が熱くない。

 熱が下がったようだ。


「慧、ちょっとごめんね」


 私は慧の拘束を解いてベッドから脱出した。

 熱が下がったなら問題ないだろう。


「……美咲、もう帰るの?」

「慧、起きた?」

「うん」


 私が一旦帰ろうとしたら、慧が目覚めて呼び止めた。


「お風呂入ってくるだけだよ」

「また来てくれる?」


(おや?)


 慧がどこか寂しそうに見えた。

 何かいつもと違うみたいだ。


「……うん。熱は下がったみたいだけど、まだ安静にしてないといけないだろうからね」

「ありがとう」

「どういたしまして」


 だが結局違和感の正体は分からなかった。


「ただいま」

「おかえりなさ……え、美咲、水浴びでもしたの?」


 家に帰ってきて真っ先に言われたのがこれだ。

 言われるのも無理はない。

 自分でもそう思うから。


「水浴びはこれからするんだよ。湯船あったりしない?」

「まだないわよ。でも浴槽は洗ってあるから、今お湯入れるわね」

「ありがとう!」


 私はお風呂に入ってゆっくりした。

 お風呂から上がったら、私は普段着に着替えた。

 さっきまで制服でいたことを今は後悔している。

 今度は黒いTシャツにした。

 ご飯までしっかり食べて、慧の家に戻ると……


「慧!? なんで寝てないの!?」


 慧が玄関に座り込んでいた。


「美咲が来てくれるから」

「え? だから何?」


 私が一旦帰ってから、2時間は経っていて、そのくらい待っていたのかもしれない。

 玄関とベッドにはそこまで距離はないというのに、理由が全く分からない。


「だから待ってた」

「あ、うん。とりあえずベッドに戻って」


 私は理解を諦めて、慧をベッドに押し戻した。


「慧のバカ! これで悪化したら私怒るよ!?」

「……ごめんなさい」


 慧は親に怒られた子供のようにしゅんとした。

 強く言い過ぎただろうか。

 だが取り消すことはできない。


「慧、ご飯まだだよね? お粥温めるよ」

「ありがとう」


 少し可哀想な気もしたから、私は話を変えることにした。

 起きてからずっと玄関にいたなら、ご飯を食べていなかっただろうからちょうど良かった。

 お粥を持って行きたいのだが、まずは食器洗いからだ。

 ところが……


(この家どうなってるの!?)


 洗う道具がなかった。

 正確には全く無いわけではなく、食洗機はあった。

 だがそれしか無い。

 そしてその中にはコップとお弁当セットしか無かった。


(食器持ってこよう)


 食洗機を使わせてもらうのも考えたが、時間がかかりすぎる。

 私の家には食器がまだあるので、それを使えば良い。

 私は食器を取ってきて、それからお粥を温めて慧に持っていった。


「はい、慧」

「ありがとう」


 また食べさせようか迷ったが、治ってきて危なっかしさがなくなったので、普通に食べてもらった。


「慧、何?」


 慧が食べながらチラチラこっちを見てきて、気になった。


「美咲、ありがとう」

「あ、どういたしまして」


 お礼を言うタイミングを計っていたのだろうか。

 違うような気がするのだが、それからの慧は普通に食べていたのでそうなのだろう。


(変なの)


 慧はお礼のタイミングで迷ったりしないと思う。

 というか、今日の慧は全体的に変だった。

 きっと風邪のせいだ。


「ご馳走さま」

「はい、じゃあ次は薬ね」

「うん」


 慧に薬を飲んでもらって、またベッドに入ってもらった。


「すぅ」


 慧の寝入りを確認して、私は家に帰ることにした。

 もう朝まで起きないだろうし、起きれば元気になってそうだからだ。


「慧、また明日ね」


 こうして私は家に帰った。


「ただいま~」

「お帰りなさい。美咲、慧君は大丈夫?」

「うん。お粥食べてまた寝たから、もう大丈夫だと思う」

「なら良かったわ」

「お粥ありがとう。食器洗ったら私ももう寝るよ」


 お母さんに慧の容態を聞かれたので、そのまま答えた。

 それで私は慧の家から回収した鍋をキッチンに持って行こうとした。


「ところで、慧君とお昼寝していたようだけど、勉強は進んだのかしら?」

「それは、その……」


 答えられなかった。

 なぜならやっていないからである。


「美咲?」

「ご、ごめんなさい~」


 怒られた。

 でもこれって私が悪いの?

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