アルバイト4

 なんとか1人の配膳まで終わった。


「美咲、おつかれ」

「本当に疲れた」


 私はすでに疲れ切っている。


「美咲ちゃん、少し休んでていいわよ。お疲れさま」

「ありがとうございます」


 私は店の奥にあった椅子で休むことにした。


「美咲、これ」

「ありがとう。お茶?」

「うん」


 慧がお茶をくれた。

 だがどこから持ってきたのだろうか。


「このお茶どうしたの?」

「加藤さんが『お客さん用だけど美咲ちゃんに1杯あげて』って」

「そう。美咲ちゃん……」


 慧に『美咲ちゃん』と言われて少しドキッとした。


「どうしたの?」

「え? なんでもないよ?」

「そう」


 店長さんの発言をそのまま言っただけで意味はないだろうが。

 そういえば小さい頃はちゃん付けで呼ばれていた。

 いつ変わったのかは思い出せない。


「それより、慧はここにいていいの?」

「うん。僕の出番はまだ来ないらしい」

「そうなんだ。何するんだろうね」

「帰りたい」


 激しく同意である。

 だが慧だけ何もしないのは釈然としない。


「頑張って!」

「……うん」


 今度は私が慧の頭を撫でてあげよう。


「そういえば、慧って何されたら嬉しい?」


 さっき考えて分からなかったことを聞いてみた。

 次お客さんのもとに行くときはちゃんとしたいのだ。

 行かないに越したことはないのだが。


「ん? 例えば?」

「例えば、チュー、とか……」

「嬉しいよ」


 意外とあっさり答えが返ってきた。

 私は恥ずがしながら聞いたのに。


「『愛してる』って言われるのは?」

「嬉しい」

「そうなんだ。ふーん」

「何?」

「なんでもない」


 慧も普通のところがあるようで安心した。


「そんな感じで他になにかない?」


 だが聞きたいのはそれ以外で嬉しいことだ。


「というか、美咲がしてくれることは何でも嬉しい」

「え!?」


(なにそれ。どういう意味?)


 この言葉で私の心は強く揺さぶられた。


「えっと……、ありがとう」


 どういう意味か聞きたかったが、なぜか怖くて聞けなかった。


「慧ちゃーん。出番よー!」

「……はい。美咲、行ってくる」

「……行ってらっしゃい」


 タイミングがいいのか悪いのか、慧は店長さんに呼ばれ、私から離れていった。


(何でも……何でも?)


 私の脳内では、先程の言葉が繰り返し再生されていた。

 参考になる意見を聞けていないことに気づいたのは、そこそこあとになってからだった。


◇◆◇


「……咲。……美咲?」

「え、うわあ! 何、慧?」


 気づけば慧が戻ってきていた。

 気づかなかった。

 どことなく元気がない。


「立って」


 私は慧に立たせられ……


「どうしたの? って、うえ!?」


 そのまま抱きつかれた。


「もう帰りたい」

「あ、うん。頑張ったんだね。よしよし」


 慧も接客を頑張ったらしい。

 今度は私が慧の頭を撫でてあげた。


「美咲ちゃーん。出番よー!」

「はーい。慧、行ってくるね」

「……行ってらっしゃい」


 こうして私達はお客さんのもとに行っては少し休んでを繰り返した。


◇◆◇


「2人とも、今日はお疲れさま。はい、お給金」

「ありがとうございます」


 日暮れ頃、私達のアルバイトは終わった。

 そして店も閉まった。

 交代要員がいないから店仕舞いにするしかないのだとか。


「あの、多くないですか?」

「ええ、多くしておいたわ」


 アルバイトを始める前は、時給は千円だと聞いていた。

 それでも高校生にしては高いと思っていたのだが、実際に貰ったのは1万円だ。

 働いたのが8時間なので2千円多い。


「急に来てもらったし、お客さんの評判も良かったからね。これでまた来てもらえたら大助かりだからよ」

「……なるほど」


 なんとも抜かりない。

 店長さんは仕事ができる人だ。


「神井、地原さん、給料出たならお金返して」

「うん」

「そうだった」


 私達がアルバイトするに至った原因を忘れていた。

 だが借りたものはしっかり返さなければ。


「幸ちゃん、何の話?」

「ゲームセンターでお金を貸してまして、それを返してもらうために来てもらったんですよ」

「ふーん。その分は私から出すわよ」

「え、いいんですか?」


 多くもらっただけでなく返済の分まで持ってくれるとは、驚きだ。


「いいわよ、それくらい。勧誘目的の名目で経費にねじ込んでおくわ」

「えっと、ありがとうございます」

「ありがとうございます」

「俺は金が戻ってくれば何でもいいです」


 本当に抜かりない。


「それで、また来てほしいのだけど、どうかしら?」

「えっと……考えておきます」


 本当はもう来たくない。

 だがそれを正直に言うことはできないのでやんわり断った。


「そう、いつでもいらっしゃい。歓迎するわ」

「お世話になりました」


 私達はメイド喫茶を後にした。


「美咲、疲れた」

「そうだね」


 私も疲れた。

 アルバイトがこんなにも大変だとは思わなかった。

 場所が特殊だったこともあるだろうが。

 だが、そうしてもらったお金はお小遣いとはまた別の重みを感じる。


「ねえ、慧。旅行に行こうよ」


 せっかくだから思い切り遊ぶために使おう

 普段しないようなことをしよう。


「足りる?」

「あ」


 だが旅行するには足りないかもしれない。


「足りなかったらお父さんに出してもらおう!」

「……うん」


 慧は何か言いたげだったが、特に何も言わなかった。

 私は旅行先を考えて胸を高鳴らせ、慧と帰路についた。

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