アルバイト2

 私達は店長さんから仕事の説明を聞き終えた。


「どう? できそう?」

「無理です!」


 私は説明を聞く程に自信がなくなっていた。

 何が嫌かといえば、変な人のいやらしい視線に耐えながら愛想を振りまくのだ。

 間違いなく顔に出る。


「うんうん、そのくらいでいいわ」

「え?」

「美咲ちゃんはそのくらいでいいのよ。お客様は怒ったりしないから安心して。何かあったらフォローするし、本当に不埒な輩が来たらつまみだすわ」

「は、はい」


 おや? 意外と頼りになりそう。

 意外と言っては失礼か。

 この人は店長なのだから。

 人間性に難があっても仕事はできる人なのかもしれない。


「慧ちゃんはどう?」

「大丈夫です」

「頼もしいわね」


 慧は大丈夫らしい。本当だろうか。


「おはようございます」

「おはようござ……げ、店長」


 そこに、新たに女の人が2人やってきた。


「げって何よ?」

「朝から嫌なものを見たと思いまして」

「ひどいわ!」


 そのうちの1人は店長を見るなり嫌悪感をあらわにしている。

 店長さんは嫌われているようだ。


「その人達は新人さんですか?」

「ええ、美咲ちゃんと慧ちゃんよ」

「地原美咲です。よろしくおねがいします」

「神井慧です。よろしくおねがいします」


 私達は女の人達に挨拶した。


「かわいい! 神井君は男の子だよね? ねぇ、メイド服来てみない? きっと似合うよ! あと、メイクはしたことないよね? ちょっとやらせて」

「……」


 店長さんを嫌っていた人は、慧の手を両手で握って女装を迫っている。

 突然の勢いに慧は圧倒されているようだ。

 慧から離れてほしい。


天野あまの優子ゆうこだよ。よろしく」

「あ、よろしくおねがいします」


 私は慧の元に行かなかった人と挨拶を交わした。


「で、あっちの変態が斉藤さいとう千春ちはる


 斉藤さんについても教えてもらった。

 しかし、変態と紹介するのはいかがなものか。


「優子! 私だけ・・変態みたいな言い方やめてよ!」


 天野さんの話が聞こえたようで、斉藤さんが天野さんに抗議した。

 変態であることは否定しないようだ。


「私は普通」

「じゃあその手は何?」

「ふぇ!?」


 気づけば天野さんの手が私のお尻に回されていた。

 私は天野さんから飛び退いた。


「おしい。あと少しだったのに」

「やめてください!」

「この反応のためにやってる」


 天野さんに反省の色は全く無い。


「千春はどこ触っても驚いてくれないからつまらない」

「あれだけ触られればね」


 天野さんはセクハラ常習犯らしい。

 近づくときは気をつけよう。


「私は諦めない。まだあるはず」

「その熱意を別のことに向けられないの?」

「無理。これは私の生きがい」


 天野さんは両手を前に出しながら斉藤さんに近づいていった。

 さながら不審者だ。


「ちょっとこっち来ないで」


 斉藤さんも同じことを感じたようだ。

 天野さんから遠ざかっていく。

 何故か慧を連れて。


「あ、あの。そろそろ慧を離してください」

「えー、せめてメイド服を着せてから。メイクもまだしてないし」


 慧はそろそろ限界なのではないだろうか。

 見たことがない程嫌がっている。


「美咲、助けて」


 慧の声は今にも消え入りそうだった。


(慧が私に助けを求めてる! 私、頼られてる!)


 それに対し、私は結構嬉しかった。

 慧はやろうと思えば大概1人でできてしまう。

 やろうと思わないから私に任せたりすることもあるのだが。

 だが、今回は違う。

 私は明確に助けを求められたのだ。


「任せて!」


 私はほころびそうになる顔を引き締めて、斉藤さんから慧を引き剥がしにかかった。


「離してください!」

「えー、私の神井君」


 この人は何を言い出すのか。

 早く助けないと慧が何をされるか分かったものではない。


「慧は私のです!」


 私も私で何を口走っているのか。


「だよね」

「え? うわあ!」


 そう言うと、斉藤さんは突然慧を離した。

 入れすぎた力によって私と慧は床に倒れた。


「いたた……危ないじゃ……」


 危ないじゃないですか、と言うつもりだったが、その言葉は途中で止まった。

 慧の顔が私の胸元にあったからだ。


「え!? 慧、離れて」

「……もう少し」


 私は慧に少し離れてほしかったが、慧はむしろ私の背中に手を回して抱きついてきた。

 余程辛かったようだ。


「仕方ないなあ」


 私は慧の頭を撫でてあげた。

 甘えられるのは嬉しかったが、視線が生暖かくて辛かった。

 次は誰も見ていないときにしてほしい。


「……もういい?」

「あと5分」

「もうダメ」


 待っているといつまでも離れてくれなさそうだったので、半ば無理やり離れてもらった。

 視線がそろそろ辛い。

 私は十分頑張った。


「いいなー。私もこんな風に甘えられたい」

「私もこんな風に抱きつきたい」

「ビデオカメラを持ってくるんだったわ」

「この2人を見てると飽きないな」


 周りに好き勝手言われてもう限界だ。

 永野君もいつの間にか戻ってきてるし。


「美咲、ありがとう」

「……どういたしまして」


 周りが気にならない慧が羨ましい。

 これから働くというのに、私はすでに疲れていた。

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