アルバイト1

「どうしてこうなった……」


 私は困惑していた。

 私が今着ている服は黒い服と白い布のワンピースに白いカチューシャで、いわゆるメイド服である。

 このような服装は一部の地域でしか見ないので大変目立つのだが、私は目立っていない。

 なぜならここがメイド喫茶だからだ。


「似合ってるよ、美咲」

「ありがとう。慧も似合ってるよ」


 慧はなぜか燕尾服を着ている。


「なんで笑ってるの?」

「え? そんなことないよ?」


 慧の服装はピシッと決まっているのだが、子供が背伸びしているように見えて可愛かった。もちろん本人には言えない。


「2人とも着替えた? うん、いいね」


 そこに永野君がやってきた。


「ねえ、これのどこがファミレスなの?」


 私達はファミレスでバイトすると聞かされて、永野君によってここに連れてこられたのだ。

 だが、着いた場所をファミレスと呼ぶには無理がある。


「ああ、ファミレスは嘘」

「嘘かよっ!」


 永野君はあっさり嘘だと認めた。


「だってメイド喫茶って言ったら来なかったでしょ?」

「うん」

「そんな人に来てほしかったんだよ」

「ほう?」


 何か事情でもあるのだろうか。


「恥ずかしがりながらもちゃんとやるキャラがウケるんだよ」

「何それ!?」


 ずいぶん勝手な都合だ。


「帰る」

「ここまで来たのに?」

「ファミレスだと思ったからだよ」


 ここまで来て帰るのは失礼かもしれないが、話が違うので帰っても問題ないはずだ。


「お金はいつ返してくれる?」

「それは……」


 忘れてた。私はバイトして永野君に借りたお金を返さねばならないのだ。


「他のバイトさん探すのやめちゃったから地原さんがいないと困るなー」

「う……」


 少し悪い気がしてきた。


「……仕方ないなあ」

「よっしゃ」


 結局私はここでバイトすることにした。

 永野君にはもうお金は借りないことにしよう。


「永野、僕は皿洗いって話も嘘?」

「あ、それは店長が変えた」

「はーい、店長でーす。呼んだ?」


 そこに、新たに女性が登場。

 しかし、なにか違和感がある。


「呼んでないです。帰ってください」

こうちゃんひどーい」


 永野君は店長さんに対して辛辣だ。

 だが店長さんの様子を見るからに、いつも通りのようだ。


「今日はよろしくおねがいします」

「よろしくおねがいします」


 私と慧は、店長さんに挨拶した。


「はーい、よろしく。美咲ちゃんと慧ちゃんね」

「はい」

「……はい」


 慧は『慧ちゃん』と呼ばれるのが嫌そうだ。


「私は店長の加藤かとうしげるです。気軽にしげちゃんって呼んでね」

「え……男性ですか?」

「あら、心は女性よ?」

「……そうですか」


 違和感の正体が分かった。

 だが、このことはそっとしておこう。


「店長」

「もう。幸ちゃんたら、しげちゃんって呼んでって……」

「茂さん」

「……店長でいいわ」

「神井が皿洗いではなくなった理由を話してあげてください。その後、仕事の説明を。俺は食材の下ごしらえをやっときますので」

「……はーい」


 永野君はどこか逃げるように店の奥に消えた。

 店長さんのことが嫌いなのだろうか。


「えっと、慧ちゃんがなぜ接客に回ったかと言うと、可愛いからよ。メイド服は流石にやめたけど、ちょっとだけ大きめの燕尾服を着せると子供が背伸びしているように見えて絶対ウケるわ!」

「……」


 慧は唖然である。かなり嫌そうだ。


「美咲はどう思う?」

「え!? えっと……その……」


 目を逸してしまった。ごめんね、慧。


「こっち向いて」

「うぇ!?」


 慧は両手で私の顔を慧に向けさせた。

 眼前に広がる慧の表情は少し悲しそうだ。


「ごめん。私も可愛いと思う」


 言うまいとしていたが、結局言ってしまった。

 言わないと慧が悲しむ気がしたからだ。

 言っても悲しむだろうが。


「美咲もそう思うならいい」

「あれ? 怒ったりしない?」

「なんで?」

「だって、可愛いって言われるの嫌そうだったから……」


 思っていたリアクションと違った。


「嫌そうだと思ったのに言ったの?」

「……ごめん」


 そう言われると心が痛い。

 それに対し、慧は……


いひゃいひゃい」

「これで許してあげる」


 私の頬をつねった。

 少し痛かったが、それ以上に温かかった。


「いいわねぇ。慧ちゃん、私にもやってよ」


 私達がそんなことをしていると、店長さんが慧に顔を近づけた。


「……はい」

「やったあ」


 慧は少し考えて了承した。

 慧は店長さんに手を伸ばす。

 私はそれを見ていて、嫌な気持ちになった。


「慧、ま……」


 待って、と私は言おうとしたが、言い切ることはなかった。


「いやややや!」


 なぜなら店長さんの悲鳴が響き渡ったからだ。


やめてあええやめてあええ~」


 なんというか、止めなくてよかった。


「いったーい、何するのよ~?」


 少しして、慧は店長さんの頬から手を離した。

 店長さんは頬を真っ赤にして困惑している。

 私も慧がこんなに力を込めるところはあまり見たことがない。


「加藤さんがやってと言ったので」

「そうだけど、力の加減をね」

「しました」


 今の慧は結構怒っているようだ。

 なだめた方が良いのだろうか。いや、やめておこう。


「力、強いのね……」

「それでは仕事の説明をお願いします」

「はい」


 店長さんはさっきよりおとなしくなったように見える。

 私は慧と仕事の説明を受け始めた。

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