授業

 バスに揺られること幾分。

 私達は学校近くのバス停で下車した。

 学校はもう目と鼻の先だ。


「おっはよー、美咲! それに神井君も」

「おはよう、恋奈」

「……おはよう」


 そこでクラスメイトの水上みずかみ恋奈れんなに遭遇。


「いつも仲睦まじいにお二人さんだね~」

「そ、そんなんじゃないよ~。幼馴染だもん」


 恋奈は恋バナが好きで、よく私達をからかう。


「ふうん。それはそうと、急がなくていいの?」

「え?」


 恋奈はいつも遅刻ギリギリに登校するので通学路で会うことは殆ど無い。

 しかし今日は会った。ということは……


「遅刻寸前!?」


 私達がいつもより遅い、ということだ。


「走るよ!」

「え、また?」

「バス停の努力が無駄になるから!」

「……うん」


 私達はまた走り出した。

 恋奈には早々に置いていかれた。薄情なやつだ。

 昇降口に着いたところで、ホームルームのチャイムがなり始める。

 私達の教室は1階にあるのでまだ間に合う。

 ラストスパートで頑張った。


「お、間に合ったか。遅かったな」


 なんとか遅刻せずに済んだ。

 担任の田中たなか義武よしたけ先生に、半ば呆れられたような表情で迎えられる。


「すみません。バスが遅れてて。……たぶん」

「まあ、間に合えばいいさ。席につけ」


 遅れた理由が思いつかなかったのでバス遅延にした。到着予定より遅かったのは事実だし。

 といっても、遅刻したわけではないので、この理由は無意味なのだが。


「間に合ってよかったね」


 席についたところで私達を置いていった恋奈が声をかけてきた。

 ちなみに席順は慧が窓際で後ろから2番目で、その隣が私で、更にその隣が恋奈だ。


「薄情者!」

「ひどいよ~。急がなくていいのか聞いたじゃん」

「それは……ありがとう」

「どういたしまして」


 恋奈には恨み言を言ってやったが、完全に見捨てられたわけではないと思い直した。


「じゃあ周知事項は特にないから、授業始めるぞ」

「えー」


 授業の始まりが少し早いことに、クラスメイトからブーイングが上がる。


「静かにしろ。早く始める分早く終わらせるから」

「……」


 田中先生がそう言うと、教室は見事に静かになった。正直なクラスだ。


「じゃあ続きからな。神井、読んでくれ」

「はい」


 1時限目の授業は国語だ。

 田中先生の指示で、慧が文章を読み始める。

 慧は文章を淡々と読み上げていく。

 棒読みとまでは言わないが、抑揚がない。


「そこまででいいぞ、ありがとう。じゃあこの文にある登場人物の心情を解説していくぞ」


 田中先生はそのことには一切触れず、授業を進めていく。

 そんな授業の最中さなか、ひそひそと話し声が聞こえてきた。

 そして、クラスで紙切れをこっそり回し始めたのが見えた。

 田中先生は気づいたような気がするが、これにも一切触れず授業を進めていく。

 やがて紙切れは慧のもとへと渡った。


(……?)


 だが慧はその紙切れを回さなかった。

 授業中にそんなことをしてはいけないと皆に示そうとしているのだろうか。

 よく見てみると……


(寝てる!?)


 ただ気づいていないだけだった。


「慧、起きて。授業中だよ」


 私は慧の体を揺すった。


「ん……春眠暁を覚えず」

「だから何!?」


 たしかに今は春で、慧の席は日差しが心地よいが、寝ていい理由にはならない。


「地原、神井の面倒を見てくれるのは嬉しいんだが、もうちょい静かにしてくれ。流石に無視できない」

「え、すみません?」


 何故か私が注意された。今まで無視してたとの自白付きで。


「せっかくだからその紙切れも没収しとくか」


 田中先生は慧の席まで行って、紙切れを取り上げた。


「えーっと、『地原さんと神井君は付き合っていると思う?』だってさ、どうなんだ?」


 そして音読した。

 というか、なんて内容で回しているんだ。

 最後の疑問は慧に向けられた。


「そうなんじゃないですか」

「え!?」


 慧の肯定にクラスがざわめく。

 ちなみに私の心はざわめいていない。爆発しそうだ。


「そうか。じゃあこの紙切れはもういらないな」


 田中先生は全く関心を見せず、紙切れをゴミ箱に捨てた。

 そんなときにチャイムが鳴った。


「おっと、早く終えるつもりが。じゃあ今日はここまで」


 ひどいタイミングで授業が終わった。おかげで休み時間の話題は確定だ。

 授業が終わると、クラスメイトが私達を囲った。


「ねえねえ、美咲たちって付き合ってたの? なんでさっきは教えてくれなかったの? 照れてたの?」


 筆頭は恋奈だ。


「違うから、付き合ってないから」

「違うの?」

「なんで慧が私に聞くのよ!?」


 私が否定していると慧が私に疑問を投げかけた。なんでだよ。


「ほら、付き合うっていつも一緒にいて、一緒に遊んで、一緒にご飯食べて……って関係なんでしょ? 違うの?」

「そうだけど、そうじゃないよ!?」

「あと、いつも近くに感じるとか」

「隣に住んでるからね!」

「え、神井君が付き合うの定義を知らないだけ?」


 私達の会話でクラスメイトは察した。


「なんだ……」


 そしてがっかりした様子で各自席に戻っていった。


「おはよう! 授業を始めるぞ! ……って、やけに元気ないな。どうした?」


 次の授業をすべく、熱谷ねつや先生がやってきたが、クラスは今までにないくらい静かだった。

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