番外編:節分

 2月3日。

 豆をまいて鬼を追い払って福を呼び込む日。

 そして縁起が良い方角を向いて恵方巻きを食べる日。

 そう、節分である。


「おはよう、美咲」

「おはよう、慧。どうぞ上がって」

「うん」


 今日私の家では節分が行われる。

 しかし、慧の家ではもう節分をしないようで、慧だけは招待している。

 ちなみに招待しているのはお母さんである。


「いらっしゃい、慧君。もうすぐご飯が炊けるからね」

「はい」


 我が家の節分は、まず恵方巻きを作ることから始まる。

 各々好きな具材を入れて、恵方巻きを作るのだ。


「じゃあ慧は手を洗ってきて」

「うん」


 今日の慧はテンションが低い。

 きっとまだ起ききってないのだ。


「やっぱり顔も洗ってきて」

「お湯でいい?」

「水で」

「……うん」


 私は顔も洗って目を覚ましてもらうことにした。

 水で洗わせるのは、少し可哀想な気もしたが。


「炊けたわよー」

「はーい」


 そうこうしているうちに、ご飯が炊けた。


「おはよう」

「目は覚めたみたいだね」

「うん」


 慧の口数はあまり変わっていないが、声音が僅かに変わっていた。

 目が覚めた証だ。


「それじゃあ具材を選ぼうか」

「うん」


 お母さんがご飯に酢を加えて酢飯を作っている間に、私と慧は具材を選ぶ。


「どれにしようかな~」

「全部入れればいい」

「それだと巻けないから」


 全部入れられれば苦労はないが、できないから迷っているのだ。


「じゃあ、これで」


 慧は玉子、きゅうり、えびを選んだ。


「私は……これで」


 私は玉子、きゅうり、かに、田麩でんぶを選んだ。

 田麩は空いたスペースにおけるから巻くのに支障はない。


「美咲、欲張り」

「巻けるからいいの!」


 だが慧の指摘で少し恥ずかしくなった。


「そんなに食べたいなら2本巻いてもいいのよ?」


 さらにお母さんからも一言が。

 具材選びに夢中になって気付かなかった。すごく恥ずかしい。

 結局私は恵方巻きを2本作ることにした。


「できあがったわね。じゃあ、いただきます」

「いただきます」

「いただきます」


 私達は今年の恵方を向いて食べ始める。

 しかし、作ってみてから思ったのだが、2本もあると流石に多い。

 食べきれない気がしてきた。

 私はとりあえず食べ進めた。


「ごちそうさまです」

「はい、お粗末さまです」


 慧とお母さんは食べ終わったようだ。

 しかし私にはまだ1本ある。そしてこんなには食べきれない。


「慧、2本食べる気ない?」

「ん?」

「ちょっと多くて」


 私は慧に助けを求めることにした。


「どのくらい?」

「半分くらい」

「分かった」


 慧は助けてくれるようだ。


「食べ終わったら渡すからお願い」


 それだけ言って私は食べ始めた。

 すると、慧は私の前まで来て……


(!?)


 反対側から食べ始めた。

 食べてる途中だったので声は出さなかったが、ビックリである。


「あらあら、若いわねぇ。私もお父さんとやろうかしら」


 お母さんがなにか言った気がしたが、私には届いていない。

 私の頭は眼前に広がる慧の顔を見るだけで精一杯だ。

 慧は私が目の前にいることを全く気にしていないようで、どんどん食べ進めていく。

 徐々に慧の顔が近づいていく。


(……)


 私の頭は真っ白になった。

 もうすぐキスしそうというところで、慧は恵方巻きを噛み切って食べるのをやめた。


「ごちそうさま」


(え……?)


「あらら? やめちゃうの?」

「ん? 半分なら食べ終わりましたけど?」


 私の思考が徐々に回復していく。

 要は、私が助けを求めた分を食べただけ、ということだ。

 私は恵方とは逆方向に向き直って、残りを食べ終えた。


「美咲、どうしたの? そっちは恵方じゃないよ?」

「誰のせいだああ!」


 私は、伝わらないと分かっていても、叫ばずにはいられなかった。

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