4-5 その閃光は目に焼き付いて

第111話

 朝の食卓。有坂家の一員と、プラス一名、緋花の姿がそこにはあった。卓上には先程俺が釣り上げた魚が素焼きされて、いい感じに盛り付けられている。


「はい、才ちゃん」


 そこに炊きたてのご飯が手渡される。よそってくれたのは緋花だ。


「あざす」

「ん。たくさん食べてね」


 緋花のまっすぐな瞳に、思わず目を逸らしてしまう。


 あのあと我が家の朝食づくりを手伝った後、一度家に帰り、再びここに戻って来た緋花。わざわざ着替えて戻ってきた。


 黒のオーバーサイズシャツをグレージュのパンツにインしている。パンツはスラックスみたいにゆったりとしているのに、ウエストの部分はややハイウェスト位置できゅっとしていて、緋花の細いウエストを引き立てていた。髪の毛もお団子を作ってあって、すごく可愛い。なんか都会の美容師さんみたいだ。


「ほら、これ美味しいよ。ウチでつけたやつ」


 そんな女の子が、せっせと俺のさらにいろいろ取り分けてくれる。その度に、ちょっといい匂いがする。食事も美味しいが、そういう意味では集中できない。


 ――昔良く遊んでいた子が、女になって目の前に現れた。


 正直、ラノベではよくある展開だ。だけど実際に目の当たりにすると、その威力に驚かされる。この子はよく知ってるあの子なのか、知らない子なのか。脳が事あるごとに錯覚を起こして、振り回されるのだ。


「ごちそうさま」


 そんなドギマギを乗り越えて、完食。朝ごはんはあまり食べない派だが、今日はしっかり頂いた。やはり和食はいい。新鮮な野菜と、ふっくらご飯、焼き魚。いくらでも食べられる気がする。ゲップでそうだけど。


「じゃあ、才ちゃん、いつにする?」


 お腹をさすってる俺を横目に、俺の代わりに食器を手際よく回収して片付ける緋花が、その手を止めずに言った。家事力高いなぁ。


「いつ、って何を?」

「さっきいったじゃん。髪の毛切ったげるって。やるなら早い方がいいでしょ?」


 そう言えば、釣りをしている時にそんなことを言っていた気がする。


「そうだなぁ。緋花の予定は?」

「いつでも良いよ。才ちゃんは?」

「俺も特に予定ない」

「じゃあ決まりね」


 緋花はそういうと、重ねたお皿を持ち上げ、ウィンクして去っていった。


「……今日何かあんの?」


 その様子を不思議そうに見ていた琴音が、ジト目で俺に訪ねてくる。


「いや、髪の毛切ってくれるっていうからさ」

「緋花ちゃんが?」

「おお。美容師目指してるらしくて、じゃあっていうか」

「ふ~ん」


 妹は興味がなさそうというか、不満そうというか、膝を抱えながら緑茶をすすった。


「なんだよ」

「いや、兄貴ってさ。自覚ないんだろうなって。甘いんだよ」

「……何がだよ」

「脇が」

「俺ワキガなのか!?」

「ちげぇーし! ああもう、うっざ!」


 琴音はそう言って机に湯呑をおいて立ち上がった。でた、あたし不機嫌です作戦。ちょうどそこに、琴音が台拭きをもって戻ってきた。


「あ、琴音ちゃん。お兄ちゃん借りるね。かっこよくするからさ、楽しみにしてて」


 緋花のスマイルに、琴音はバツが悪そうに「思いっきりやっちゃって」と言っていた。




 

 我が家の食器を一通り洗い終えた緋花は、家からハサミをとって戻ってきた。


「じゃあお風呂場行こっか」


 祖父のお風呂場は昔ながらのお風呂で、タイルが敷き詰められている。ここでよく転んで頭を切ったことを思い出した。そして無駄にでかい鏡は水垢がついて少し濁っている。


 鏡に映る自分は、たしかに髪の毛がボサボサに見える。学校行くにしても毎回セットする訳でもないし、もう少し気を使った方が良いだろうか。


 そんな立ち尽くす俺を横目に、緋花は手際よく準備し始めた。そして排水溝にネット状のものを敷き終えると、おもむろにこういった。


「じゃあ、脱いで」


「……え?」


 緋花は「早くよこしなさい」と言わんばかりに、その手を差し出していた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る