4-4 花火の少女と夏の記憶

第106話

 夏祭りから家に帰ると、上機嫌な父親が珍しくお酒を飲んでいた。


「おう才賀。お前、盆は予定あるか?」

「予定? 特にないけど。どうして?」


 冷蔵庫から取り出したハーブティーを飲みながら父を見れば、返答が気に入らないのか眉をへの字に曲げていた。


「お前なぁ、青春真っ只中なのに、それでいいのか? デートとかもっとこう、あるだろ」

「……それが予定を答えた息子への言葉かよ」

「だがまぁ、ちょうどいい。まとまった休みが取れてな。これを機に実家に顔だそうと思っているんだが、お前も来ないか」

「へー、休み、取れたんだ」


 なるほど、こうしてお酒を飲んでいるのも、明日が休みだとわかりきっているからだなと思った。父が盆休みと取れるなんてのは本当に珍しいことだ。


「ああ。因みに琴音も来ることになった」


 琴音なら確かにノータイムで行くというだろうな。おじいちゃん大好きだし。


「もし行かないなら、お前は数日この家で一人になるが」

「別に一人になることは困らないよ」


 正直、俺には特に行く理由はない。会おうと思えば会えるし。とはいえ家にいなくちゃいけない理由はもっとない。あるんだとすれば、ゲームくらいか? と、そんなことを考えていると。


「……だからと言って、女の子を連れ込んだりしちゃダメだぞ。綺咲ちゃんとか」


 父親はそう言ってニヤケながら茶化してきた。お陰で俺は飲みかけのハーブティーを吹くハメになった。


「ばっ。なんであいつが出てくるんだよ」

「なんだ、違うのか?」

「違うよ」


 どうやら父親は、俺と綺咲の仲を勘ぐっているらしい。まぁ年頃の女の子が一週間近くも泊まっていた訳だし、そう思うのもわかると言えばわかるのだが……。だがそこらへんを理解してくれそうな感じじゃなさそうだ。


「まぁどっちでもいいけどな」


 どっちでもいいのかよ。


「これだけは言っておくがな、相手の子と、その子の親を悲しませるようなことだけはするんじゃないぞ。そういうのはお前だけの問題じゃなくなるからな。だがまぁ、そこを押さえてるんなら、少しぐらいはやんちゃしたっていい。勇気を出せば、案外向こうも乗り気、みたいなこともあるからな!」


 と腕を組んでふんぞり返っている。どんなアドバイスなんだよ、いったい。


「んで、どうする」


 ここまで言われれば座りが悪い。意固地になって家にいるなんて言った日には、誰かを連れ込みますと宣言したようなもんだ。勘違いされないためにも、たまには親孝行しておきますか。


「そうだなぁ。俺も行くよ」

「おおそうか。じゃあそういう訳で、出発は明日だから」

「明日!?」


 だからってなんでいつもこんなに急なんだろう。





「――という訳で明日からしばらくはインできないから」


 その夜。いつもの仲間とゲームをしているとき、何気なくそれを伝えた。


『その間、Ivukiちゃんは任せとけ』


 そう、狙いはこれだ。


 志吹とは時折、こうして仲間も含めて一緒にゲームをしている。その時の名前は実名ではなくIbukiと名乗っている。彼女のゲームスキルはまだまだで、正直介護プレイ感が拭えないのだが、それでも志吹や仲間たちは楽しそうにしてくれている。できれば明日以降もいつも通りプレイしてほしい。そんな時のサポート役に、こいつらにはなってもらいたいのだった。


『好感度爆上げして、ワンチャン付き合っちゃったりして! あなたに心をヘッドショットされましたーってかー!』

『お前どこにエイムしてるんだって話だわー!』


 だが早くも不安になってきた。基本バカなんだよな、こいつら。


『――アプリでまた出会いがあるかもな。ひと夏の恋ってか』


 仲間の一人が言った。そう言えば、俺は当初の目的をすっかり忘れていた。


 アプリを使って、一番早く彼女を作った奴が、勝利。その目的に反して、もっぱら志吹との連絡用になっている。今じゃSNSアカウントも交換しているので、そういう意味じゃこのアプリを使う必要すらなくなっている。


『つうかお前さ、身近な女の子でもういいんじゃないの? 景品とかどうとかそういう話じゃなくて、青春的に』

 

 こいつは言いたいのだろう。例えば志吹はどうなんだ、と。


「――てかそういう話、Ivukiにするなよ? 耐性ないんだから」


『わーってるよ。彼女、見るからに純粋そうだもんな』

『でもさぁ、そういうタイプを教え込むってのも、萌えるよなぁ!』


「――お前もう黙れよ……」


 やっぱりこいつらに任せてよいのか、不安だ。


 こうして俺は数日の間、田舎に帰ることになった。

 そこで、あんなことが起こるなんて、知らずに。

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