第102話 Ioru

 ――気のせいだよ、たまたま手が触れちゃっただけで――


 あれは嘘だ。


 仲良くなったのは最近だけど、それでもわかる。彼女はウソをついた。だってあんなに分かりやすいウソってない。顔に書いてあるのだから。


 志吹さんから指摘があったとき、私は驚きのあまり、綺咲ちゃんを見てしまった。無意識だった。それに気が付いたのは、彼女と目が合ったとき。すぐに目を離されたことで、その時私がいったいどんな顔をしていたのか、想像できる。綺咲ちゃんが逃げ出したのは、私のせいだ。


「綺咲ちゃん! 待って!」


 人混みを掻き分けていく。彼女の少し高い背と、綺麗で明るい髪。しっかりと結わいてある髪。目印になるくらい、素敵。きっと、誰かにやってもらったんだと思う。自分じゃあんなにきれいにできないのは女の私なら知ってる。綺咲ちゃんはそれだけ、気合が入ってたんだ。見てほしかったんだ。今になってそれに気づくなんて、私もきっと浮ついていたんだ。


 電話がかかってきたとき、疑問に思ったのだ。どうして彼女は一緒に行きたがったのか。彼女だったらきっと友達だってたくさんいるし、私じゃ知らない素敵な場所だって、きっといっぱい知ってる。それでもわざわざ私に連絡して、許可を取りに来たのか。


 ――だって、思い出作りたいじゃん?――


 浴衣を見てほしいっていうのはそういうこと。

 綺咲ちゃんは、才賀に見てもらいたかったんだ。


「綺咲ちゃんってば!」


 でも、そんなことないんじゃないか、って思ってる自分もいる。だって、あの綺咲ちゃんだもの。クラスの人気者で、男友達も多くて、恋愛マスターみたいな、そんな雰囲気すら出してるのに。男なんてよりどりみどりのはずなのに。


 ――どうして私の才賀なの。


「――逃げるなんてずるいよ!!」


 息が上がる。動きにくい浴衣に人混み。帯で胸が締め付けられて、苦しい。これ以上、動けない。


 だけど、やっと彼女に追いついた。目の前には、綺咲ちゃんがいる。綺麗でかわいい綺咲ちゃんの、背中がある。


「――ごめん、衣央璃」


 綺咲ちゃんは振り返ってくれない。でも何がごめんなの?


「……才賀と手、繋いだの?」


「――うん」


「才賀が繋いできたの……?」


「――あたしからだよ」


「っ……どうして……!?」


 そういうと、綺咲ちゃんはゆっくり振り返った。



「だって、あたしが好きだから」



 綺咲ちゃんが私を見ている。

 びっくりするくらいきれいな、その目が。


「振り向かせたいから。好きになってもらいたいから」


 それは私の瞳に焼き付いた。まるで背景にピントが合わない。世界はまるで綺咲ちゃんのためにあるかのように、綺咲ちゃんが浮かび上がっていた。


「衣央璃がずっと才賀といたこと、知ってる。大切なことも。そして、大好きなことも。でも、ごめん。あたし、負けられない。だって、後悔したくないから」


 恋した女が、そこにいた。


「――あたし達、ライバルだね」


 それは信じられないくらい綺麗で、ぞっとした。





 ――頭冷やしたら、戻るから。衣央璃も早く戻ってあげて。きっと才賀、今ごろ困ってるよ――


 綺咲ちゃんはそう言って、人混みに消えていった。


 どうして才賀なんだろう。どうして綺咲ちゃんなんだろう。


 才賀が急にモテだした時。本人は嫌がっていたけれど、正直私は嬉しかった。たとえお金のことがきっかけだったとしても、才賀の魅力が少しでも皆に伝わることが、誇らしかったのだ。どうだ、凄いでしょうって。


 誇らしいという時点で、私はずれていたんだと思う。

 最終的には才賀は私を選んでくれると、心のどこかで思っていたのだ。


 まったくもって大馬鹿だ。そんな保証なんて、どこにもないのに。


 綺咲ちゃんはかわいい。綺麗だ。努力も惜しまないし、女子力、人間力だって、すごい。みんなの憧れだし、正直彼女のことを嫌いだなんていう人は想像できない。だから彼女の周りにはいつも人がいっぱいいる。そうじゃなくても、彼女のことを好きになってしまう人だってたくさんいるはず。本気を出せば、たとえ女の子だって落とせちゃうんじゃないか。抗える人なんていないんじゃないか。


 そんな綺咲ちゃんが、才賀を好き。


「どうしてよ」


 ――あたし達、ライバルだね――


「どうしてよぉ」


 勝てる訳、ない。


 ――私の友達は、私の好きな人を好き。


「ばかだわたし」


 私が、才賀の家のことを話さなければ。

 私が、才賀の傍を離れなければ。


「わたしばかだぁ……」


 涙が止まらなかった。しゃがみこんで、嗚咽を殺して。

 そうして心の中で何度呼んでも、才賀は現れなかった。

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