第97話
「すみません、結局送ってもらっちゃって」
車を降りた綺咲が、運転席に座る俺の父親に会釈する。父親はウィンカーを下げて、キザっぽく片手を上げている。
「こちらこそ。家族が増えたみたいで、私達も楽しかったよ」
夜九時半の駅。父親の運転する車は、綺咲と俺を乗せて、ロータリーに到着したばかり。俺は助手席に置かれた彼女のスポーツバッグを担ぎ、彼女の横に並んだ。
あの後、晩ごはんを作り終えたところで両親が帰宅。その席で、綺咲は帰宅することを告げた。夜が遅いから明日にすれば、という両親の提案に対し、「今の気持ちを大切にしたいから」と答えた綺咲。最後にみんなで晩餐を楽しみ、父が車を出してくれた、という訳だ。
「じゃあ私はこれで」
父はそういうと、シフトレバーを操作した。どうやら、俺が駅の改札から戻ってくるまで待ってはくれないらしい。
「待っててくれないのかよ……」
「はは、その方がお互い有意義に時間を使えるだろう?」
とか言いつつ、本当は待つのが嫌いなのを俺は知っている。大人ってずるい。
「おじさん。本当に、お世話になりました」
綺咲はその父に向かって、深々と頭を下げた。モデル系美人の、今どきのJKである綺咲が、こんなにも丁寧に礼をしている姿を見たことのあるやつなんて、きっと俺くらいなんだろうな。
――今だからわかる。綺咲はお父さんに愛情を注がれて育てられたんだろうな、と。だから、他人にも礼節を尽くせる。綺咲は、いい子だ。
「綺咲さん」
そんな綺咲に、父親が言う。
「一人で抱え込むことはない。そういう時は誰かに頼っていいんだ。誰に頼っていいかわからない時は、こいつに言うといい」
そう言って、俺を指差す。
「こいつはちょっと頼りないかも知れないが、それでもこいつなりに君の役にたとうと頑張るはずだから。それと、いつでもまた泊まりにおいで。遠慮はいらない。私達はいつでも君を歓迎するよ。たとえこいつ抜きでもね」
父の車は、緩やかに動き出した。言いたいことだけ言って立ち去るなんて、キザなことするなぁ。俺の父親だけど。
「ありがとう、ございました」
綺咲がそう言って顔を上げると、車はまるで「いい笑顔だ」とでも言わんばかりに、プ、とクラクションを鳴らし、テールランプを光らせながら、夜道に消えていった。
いいな。大人になったら一回くらい、やってみたい。
「じゃあ、行こうか」
「良いお父さんだね」
「キザだけどな」
先に歩き始めた俺に、綺咲は寄り添うようについてきた。肩が触れ合うほどに近い、二人の距離。少し前なら、こんなに近づかれたらきっと落ち着かなかっただろう。でも今は、それが心地よいと思える。並んで歩く距離が心の距離とイコールなら、心が触れ合うまでも、数センチだ。
そのまま改札まで、俺たちは何も言わずに歩いた。人がまばらな改札。時々鳴る改札の電子音が、俺たちの別れを告げていた。
「じゃあ」
重たいスポーツバッグを両手にもった綺咲が、改札の向こうで一瞬、振り返った。いつのも綺咲スマイル。あの笑顔の奥に、色々な感情があったなんて、数週間前の俺なら気づきもしなかっただろう。
「綺咲」
その背中に、声をかける。
「遠慮とか、すんなよ」
綺咲は振り返らない。
でも、関係ない。なぜだかわからないけれど、どうしても今彼女に伝えなくちゃいけないような気がしたんだ。
「こうなりゃ、乗りかかった船だ。お前が満足するまで、とことん付き合ってやる。だから、電話してこいよ。話を聞かせろよ。どんなことでもいいから。最後まで聞くから。だって俺は――綺咲の味方なんだから!」
気づけば、息が上がっていた。張り詰めた声が構内に響いている。きっと、あの小さい背中にも、届いているはずだ。
――頑張れよ、綺咲。
そうして、俺が帰ろうとした時。
「才賀ぁー!」
綺咲の声に振り返る。
そして彼女を見て、思わずニヤけてしまった。
「あんたも十分キザだからぁー! ばぁーかっ!」
その笑顔は、夏の花火みたいに、キラキラしてた。
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