第95話
『あたしと才賀って、どんな関係なのかな――』
俺たちの関係。それに似合う言葉ってなんだろう。答えを求める綺咲の瞳を見つめながら、思考だけを巡らせた。
「ねぇ、才賀にとって、あたしって何?」
俺たちのスタートは、クラスメートという言葉。高校に入って、同じクラスになって。そして多分、本来なら交わらなかったはずの二人。
だけど今、こうして俺の部屋で肩を並べている。彼女の体温を感じる距離で、見つめ合っている。抱きしめたりもした。あの当時には想像もしなかったし望んでいた訳でもないけれど、でも今、たしかにお互いを大切に想っているのは間違いなくて。クラスメートなんて関係は、今の俺たちには窮屈だ。彼女が欲しがっているのは、この言葉じゃない。
「俺にとって、綺咲は……」
だけど、恋人、でもない。だってそれを認めたら、綺咲は最も認めたくない存在と同じことをしていることになってしまう。そんなの、絶対だめだ。
――じゃあなんて言う?
そう考えた時、志吹のことが頭に浮かんだ。
『才賀は、私にとって――』
それは、志吹が俺にくれた言葉。
――そうだ。やっぱり、そうだよな。
この言葉にしよう。
なんだか自分の言葉じゃないみたいでずるいけれど、でも、一番しっくり来る。
クラスメートでも友達でも、恋人でもない。
俺たちの関係を示すなら、これ以上の言葉はきっとない。
「綺咲は――」
「――――」
綺咲は息を呑んで俺の答えを待っている。そんな彼女の目をまっすぐ見て、俺は言った。
「――大切な友達だよ」
綺咲はしばらく俺の目をずっと見返していた。潤んだ瞳に俺が写り込んでいる。救いを求めるようなその目は、やがてゆっくりと閉じられた。
「――そっか。そうだよね」
綺咲はそう言って、俺の肩に頭を預けた。
「才賀はあたしのこと、そういうふうに思ってるんだ」
「そ、そうだよ。じゃなきゃ、心配もしないし、こうして家に泊めたりしないだろ。大切って、そういうことじゃないのか?」
「ははは、たしかに。そうだよね。……才賀らしいや」
緊張が解けたのか、綺咲の重さが肩から伝わってくる。俺たちはベッドの上で、壁に寄りかかって、並んで座っている。部屋はいつの間にかもう暗くて、時計の針の音だけが、こだましていた。
「ねぇ、才賀」
そうして幾分か過ぎたころ、綺咲が言った。
「あたしのこと、大切って言ってくれたじゃん?」
「ああ、言った」
「それってどれくらい?」
綺咲の声が肩から体を響いて伝わってくる。
「どれくらいって……難しいな」
「少なくともさ、あたしが困ってるって知って、助けてくれるくらいには、大切に想ってくれてるんでしょ?」
「そりゃあ、な」
「こうして話も聞いてくれるし、慰めてもくれる。泣き止むまで一緒にいてくれたり、あと、抱きしめてくれたりぃ?」
綺咲は楽しそうに言う。絶対こいつ、からかって楽しんでる。
「なんだよいきなり。恥ずかしいな」
「実際そーじゃん? それって相当大切だってことだと思うんだよねー。だってさ、どうでも良いやつならそこまでしなくない? そうじゃなきゃ、めんど、とか思って終わりじゃない?」
綺咲の言うことはわかる。
実際、俺もそこまでお人好しじゃない。金目当てで近づいてくる奴らを煙に巻くように過ごしていたころは、相手がどう思おうが困ろうが、知ったこっちゃなかった。綺咲だって、最初はその中の一人だと思っていたぐらいだから。その印象が変わらなかったら、きっとこうして泊めたりしていない。
きっかけはやっぱり、あの日。出会い系アプリでもう一度出会った、あの日。
最初は何を考えているのかわからないやつだと思った。だけどカフェで話すうちに、綺咲の本心が見えた気がした。信用できる。そんな気がしたのだ。
「そうだな。やっぱり、俺にとって綺咲は大切な友達だよ」
今では、そんな綺咲のちからになれることが、嬉しくもある。これを大切と言わずして、なんというのだろうか。
「ふぅん。じゃあさ――」
だがその回答では、彼女は納得しなかった。
「――衣央璃と志吹、あたし。この三人の中で、誰が一番大切?」
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