4-2 そんなこと考えもしなかったから
第94話
「どうしよう、あたし」
綺咲の肩が、
「どうした、綺咲」
近寄れば、
「今の、お父さん?」
胸の中で、うんと頷く綺咲。
――喧嘩だろうか?
しかし、ただの喧嘩にしては、ものすごい剣幕だった。あんなに感情的になっている綺咲を、俺は見たことがない。
とはいえ、彼女のことを知ったのも、つい最近のことだ。知らないことの方が多いのが当たり前だ。――ここ最近毎日一緒にいたからって、彼女のことをわかった気でいるのは、あまりにおこがましすぎるのだろう。
◇
「はい」
ベッドに座る彼女に、ミルクティーを手渡す。ホットだが、キンキンに冷えた部屋なら逆に温まって良いだろう。彼女はそれを両手でうけとって、唇をとんがらせながら
「ありがと」
と小さく言った。
「――で?」
綺咲が一口すすって落ち着くのを待ってから、俺は切り出した。綺咲は疲れたように笑った。
「前にもこんなことあったよね」
「そうだったか?」
「そうだよ。てか、最近。あたしが泊めてくれって押しかけてきた、あの時」
綺咲が初めて電話してきた時。コーヒーショップで話した時のことだろう。なかなか核心に迫ってこない彼女に、俺がしびれを切らして聞き出したのだった。
――よく覚えてるな、そんなこと。
「押しかけてきたっていう認識はあったんだな」
「まぁね。ていうか、受け止めてくれるだろうなって」
俺は頭を掻いた。そんなことを言われるとむず痒い。それくらいの軽口が言えるくらいには、持ち直したということだろうか。
「まぁ、無理に話さなくてもいいんだけどさ。元気が出んなら」
俺がそういうと、綺咲は、こてん、と頭を俺の肩にあずけてきた。
「――あんがと」
「……いいよ、いまさら」
綺咲が家庭の事情で苦労しているというのは知っていた。それを理解していたからこそ、俺や家族は綺咲を受け入れたのだ。彼女の気持ちの整理がつくまで。そしてその間は、俺の責任で彼女を預かるのだ。
そう思うと、綺咲には何か特別な感情が湧いてくる。愛着というか、愛情というか……。何か、居心地の良さのようなものを、感じるのだ。
それはきっと綺咲も感じてくれていたんだと思う。俺たちはしばらくの間、夕暮れが暗くなるまで、そうしていた。
「……さっき、パパから電話があったんだけど」
二人の影が部屋に溶け込んだころ、綺咲が言った。
「三人で食事しないか、って」
「……三人って」
おそらく相手は、お父さんの今の恋愛相手。
綺咲がなんとなく苦手意識を持っている相手。
「そう。いつ? って聞いたら、明後日って。明後日ってさ、本当なら
「ということは……」
子持ちの恋人がその相手の子供に会いたがる。
それはつまり、
「あたし、二人で食べてくれば、って言ったの。そしたら、だいたいお前はどこに居るんだ、男の家なんじゃないのかって。どんな男なんだ、って――。あたし、否定できなくて。友達の家だってちゃんと言ってあったんだけど、でも確かに才賀は男だしって思って……そしたら」
彼女が俺の手を握りしめた。
「『俺への当てつけか、そんなことをするとは思わなかった』って言われた」
――なるほど。
そこから綺咲の『――だからそんなんじゃないって言ってんじゃん!』につながる訳か。
「あたし、悔しくて。あの女と同じみたいに言われたのが。でも言い返せなくて」
綺咲の手が震えている。悲しみなのか、悔しいのか。
「ねぇ、才賀」
綺咲は何かを思いつめたように、俺の手を両手で包み込んできた。
「あたし、わからなくて……」
綺咲の真剣な上目遣いが、俺を射止める。
「あたしと才賀って、どんな関係なのかな」
気がつけば、綺咲の顔がすぐそばにあった。
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