第91話
和風の壁紙、
「なんかかっこいいね」
「そうかしら。昔からからずっとこうだから、わからなくて」
おそらくそれらはずっと昔からあったものなのであろう。もしかしたら志吹の兄が使っていたのかも知れないし、もっと言えばご両親なのかも知れない。今風ではないかも知れないし、それが似合う人はそうそう居ないだろう。だけれど、それが志吹の物と言われれば、納得してしまう。
「お、これかぁ」
それは部屋の隅に違和感と共に鎮座していた。大きなダンボールには、PCメーカーのロゴがでかでかと印刷されている。
「まだ開けてないんだね」
「ええ。なにせ、色々不安で……」
「だよね、高いしね」
ゲーミングPCは決して安いものとは言えない。万が一開封直後に不注意で壊したなんて言ったら、立ち直れないだろう。それに、彼女の細い腕ではこれらを持ち上げたりするだけでも一苦労だろう。
「じゃあ、さっそく開けていい?」
「お願いするわ」
彼女はそう言うと机の上に置いてあったカッターを手渡してくれた。
俺達は二人で協力しながら、箱からPCを取り出していく。電源を刺し、そして部屋にWi-Fiを提供しているルーターに差し込んでいく。インターネットの環境が整っているというだけで大分ありがたい。
「わぁ」
電源を入れて光輝くLEDに、彼女が両手をあわせて感動している。PCモニターは彼女の希望通り勉強机に綺麗に収めこんだ。アールデコな文机の上に、最新鋭のPC。その特等席に、彼女を座らせる。
「PCは初めて?」
「いえ、学校でもやっているし、課題は両親のノートパソコンを借りているから」
多少覚束ない操作ながら、アカウント作成などをやっていった。そしてようやく最初のデスクトップ画面が表示されたころ、部屋のノックと共に、篠原さんの声が聞こえた。
「どうぞ」
「お茶とお菓子をお持ち致しましたよ。あら、素敵」
篠原さんはおぼんを置きながら、その光景を物珍しそうに見ている。
「良かったですね、志吹さん。これでようやくボーイフレンドと一緒に遊べるようになって」
「――ちょっと、
志吹は顔を真っ赤にして肩をいからせている。俊子さんと呼ばれた篠原さんはわざとらしく目を逸しながら口に手を当てている。
「ボーイフレンド?」
と俺が訪ねると、志吹の頭から「ボン」と煙がでた、ような気がした。
「有坂さんのことですよ」
とお茶目な返答をする篠原さん。
「ご、誤解を招くようなこと言わないでよっ」
「あら、だって男の子の友達でしょう? だったら、ボーイフレンドであっているじゃないですか。それとも、それ以上の意味がお有りで?」
「もう! いじわるっ!」
志吹はワンピースの裾を引っ張りながら怒鳴っている。まるで子供みたいだ。俊子さんもそれを見て喜んでいるようだ。
どうやらこの俊子さん、志吹のよき友達というのもあながち嘘ではないのだろう。志吹は幼いころにあまり友人と遊べなかったと言っていたが、その代わりを家政婦さんが担ってくれていたと言っていた。なるほど、この人ならたしかにそれが務まりそうだ。いいキャラしてる。
「ふふふ、じゃあお若いお二人のお邪魔にならないうちに、わたしは失礼しますね。あ、志吹さん、お昼食はどうされますか?」
「ああ、お昼ごはん」
志吹ははっとした様子で、こちらに振り返る。何も考えていなかった、という感じだ。
「特にご予定がないのでしたら、お二人分ご用意してしまってよろしいですか?」
と俊子さんの優しい笑顔が向けられる。
「――それでいいかしら、才賀」
「いいんですか?」
「ええそれはもちろん。わたしなんかの料理でよろしければ」
俊子さんがそう言っておぼんを取って立ち上がった。そこに、志吹が言う。
「じゃあ、お願いね、俊子さん」
「はい、じゃあまた、お昼ごろに」
俊子さんはそういうとお辞儀をして部屋を去っていった。
「ああは言うものの、俊子さんの料理はとてもおいしいのよ」
「うん、なんだか想像できるよ」
あの家庭的な雰囲気と仕草。きっとそのステータスでずっと行きて来た方なのだろう。年齢の割りに可愛らしい性格が気持ちよかった。このだだっ広い部屋で一人の志吹にとって、それがどんなに大きかっただろうか。
「じゃあ、続きをやろうか」
そこから先、各種初期設定やら、ゲームのインストール、そしてチャットアプリのインストールなどでなんだかんだ時間が流れていった。
そして。
「志吹さん、ご昼食が出来ましたよ」
再び部屋をノックする俊子さんの声。気がつけば時刻は十二時になっていた。
「よろしければ、お茶の間までお越しください」
日中は誰も居ないという志吹の言葉もあって、俺達は茶の間に向かう。
茶の間はこれまた古き良き時代という感じで、大きな古時計と、低めに作られた床、そしてこれまた大きな食卓が鎮座していた。暗めの空間に白熱電球がいい感じで、そこに並べられた食事達も、またいっそう美味しそうに見える。もちろん、匂いもたまらない!
「わぁ、本当にすごいね!」
「でしょ? うちの自慢なのよ。俊子さんの料理は」
「まぁ、お上手。ささ、冷めない内に、召し上がって下さいな」
「いただきます!」
食卓に並べられたのは、純日本料理だ。ダシの効いたお味噌汁がPCセッティングで疲弊した脳に抜群に効く。ご飯はふかふかだし、惣菜の数々もどれもがオイシイ。
そうして一口二口食べた頃だった。
「あら、大変」
俊子さんの声で、俺は振り返った。
「おかえりなさいませ。――今日はご用事だと」
俊子さんが慌てたように立ち上がり、
そこに居たのは、白髪交じりの角刈りで、眉毛をへの字にした、眼光鋭い和装の男性。
その人は何も言わず、こちらをただただ睨み付けているように見える。
「早く終わったから戻った。昼食は用意できるか」
「すぐに」
俊子さんはそういってその男性から荷物を預ると、椅子をひき、いそいそと奥に向かった。
この男の人は一体、誰なんだ? ただならぬ雰囲気はまるでヤクザのような……
俺がそんな事を考えながら固まっていた時だった。志吹が弾けるように立ち上がって、そして、言ったのだ。
「おかえりなさい。――お父さん」
――お父さん!?
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