第88話

 流れるプールで三人を発見し声をかければ、飛び上がるようにしてプールから上がってきた。

 医務室で衣央璃の顔を見るなり、琴音は抱きつき、涙を流していた。中学生の琴音にとって、大切な人の意識がない状況というのは、大変にこたえるものだったのだろう。

 綺咲は「私が誘ったから」、とか、体調変化に気づけなかったことを悪びれていたが、「こちらこそ気にしないで」という衣央璃の一言で、一旦は落ち着いた。


「三枝さんに迎えを頼んだわ」


 志吹がスマートフォンを操作しながら言う。


「今、父の仕事の都合もあって、遅いとあと二時間くらいかかるって」


 現在時刻は一六時になろうかと言うところ。一八時には閉園らしいから、色々丁度良さそうでもある。問題はその間の過ごし方だ。


「――遊んできて」


 そう、真っ先に言ったのは、衣央璃本人だった。


「私に気を使わずに、みんな遊んできて」

「でもお前――」

「ううん、せっかくのプールなんだし、どうせなら楽しんで欲しいの。でも流石に私もこのまま遊びにいく元気はないから……かと言って、こんなところで私の話相手になることなんてない。――私がそうして欲しいの」


 せっかくのプールイベントを私が壊してしまった――。

 やはり衣央璃ならそう考えてしまうのだろう。


「――お願い、才賀」


 その笑顔が作り笑顔だとわからない俺ではない。

 彼女の気持ちを尊重してあげるべきだろう。

 今度の俺たちの関係にわだかまりを残さない為にも。


「じゃあ、遊んでこようっか」


 俺がそういうと、志吹も綺咲も納得してくれたのか、表情が明るくなった。


「どうせなら、お前の分まで楽しんでくるよ。またこれるように、ゆっくり休んでおきな」

「――うん、わかった。……ありがとう、才賀」


 ドアに向かえば、三人が着いてくる。

 だが、その扉を開ける前に、妹が俺の水着の裾を引っ張った。


「あの、兄貴」


 俯く妹。兄妹というのはやはり凄い。この時点で、妹が何を言いたいか、俺にはわかっていた。妹は俺に耳打ちした。


「ごめん、あたしは残るね。衣央ちゃんと一緒にいたいの」

「――わかった。頼んだ」

「じゃあ、また後で」


 妹は俺にそういってウィンクすると、「ねぇ衣央ちゃん――」と言って話かけにいった。衣央璃がその行動の意味を理解するより早く、俺たちは部屋を出ることにした。


 ――頼むぞ、妹よ。




「んー!! ま、気持ちを入れ替えて、遊ぶっきゃないなー」


 薄暗の医務室から外へ出れば、その光量の差に目がくらむ。縮こまった体を伸ばせば、活力が湧いてくる気がするから不思議だ。


「……そう、だね。衣央璃の分も、ね!」


 俺の言葉に気持ちが切り替わったらしい綺咲が、ニヤッと笑うと、俺の腕を組んできた。


「ちょっ、お前」

「楽しく遊んでくれるんでしょう? じゃあエスコートしてもらわないとぉ」


 俺の腕に、何か暖かで柔らかいものがあたる。


「やめろよ、人前で恥ずかしいだろ」

「なにィ? あたしじゃ不満ってことぉ?」

「ちが、そういう訳じゃ……」


 自分の顔が紅潮していくのがわかる。こういう時の綺咲は、仕草から表情まで何から破壊力が抜群だ。自分が可愛いということがわかっている。思わずそのスタイルに目が行ってしまう。


「じゃあ、私も」


 すると今後は、左手に志吹がついてきた。遠慮しがちで目をそむけながらも、腕を組み、その胸を寄せてきている。


「ちょ――! 志吹――!」

「わ、私だけ仲間はずれみたいじゃない」

「してないよ! それに、それ、結構あたって……」


 そういうと志吹が顔を赤らめながら、言った。


「こ、これはこれで結構恥ずかしいものね……。みんな凄いわ……」


 ――じゃあ辞めればいいのに!


 そんなこんなで、残り二時間のプールを俺たちは楽しんだ。ウォータースライダーやら流れるプールやら、童心のように遊び倒してやった。


 そして周りの男達から向けられる目線。羨ましいとでも言いたそうな表情が、少し誇らしかった。思えば、羨望だとか妬みだとか、そういう目線はあまり浴びたことがなかったように思う。

 だからだろうか。

 俺の友達は、美人でこんなにいいヤツなんだぜ、と言ってやりたい。


 こんな子が彼女だったら――。俺の人生も変わるのかも知れない。


「――ねぇ才賀。あたし、今日の水着の感想、言われてないんだけど?」

「才賀。あまり他の人の水着をじろじろ見るのは感心しないわ!」


 ――やっぱりそれはそれで大変かも知れない。

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