第86話

 駆けつけた先は、医務室だった。


「衣央璃――」


 衣央璃は水着姿のまま、ベッドに横になっていた。ちょうど、その体にタオルケットがかけられているところだった。


「才賀」


 その側にいる綺咲の元に駆け寄ると、綺咲が言った。


「軽い貧血だと思うって」


 衣央璃の顔を覗き込むが、少し白い。意識はなく、眠っているらしい。俺達の到着を見て、白衣を来た看護師さんが、優しい表情で言った。


「持病だったり、何か症状だったりありますか?」


 俺と琴音は顔を見合わせる。そんな話は聞いたことがない。


「特には……いつも元気で……」

「そうですか。そのうち目が覚めると思います。特に問題ないようであればそのままおかえり頂いて大丈夫ですが、何かあればお呼び下さい。気になることがあれば、病院受診を検討して下さいね。それでは」


 看護師はそう言って、笑顔で会釈して去っていた。


「遊んでてさ、プールから上がったら、立てなくなっちゃって。監視員さんが運んでくれたんだけど、ここにつく頃には意識がなくて」


 綺咲が言う。


「もしかしたら体調が悪かったのかも。あたしがプールに誘ったから――」


 と綺咲が肩を落としている。


「貴方のせいじゃないわ。気にし過ぎよ。誰でも起こることだから」


 そういって志吹が綺咲の背中を擦っている。


 衣央璃は体が弱い方ではない。風邪も引かないし、体調を崩すことも多くない。少々の体調不良は気にならないタイプだと言うのは、彼女が熱発ねっぱつしながらも登校してきたことは一度や二度ではないところからも想像出来る。それだけに、無理をしてしまうことも、あるのかも知れない。


「衣央ちゃん……」


 妹は心配そうに、衣央璃の手を握っている。俺の知る限り、妹が貧血になったことはない。年齢のせいもあって、特に深刻に見えているようだった。


「どうする? このあと」


 志吹が俺の側にきて、言う。


 綺咲は自責の念からか俯いていて、妹もあんな感じだ。このまま放っておいても、何かアクションが起こるとは、思えなかった。


 とは言え、このままこの場に居ても、何かできることがあるかと言えば、そうじゃない。かと言って、衣央璃を一人にしておく訳にもいかない。起きた時、心細いだろうから。

 ――となると。


「――ここは俺が残るよ。三人は遊んできてよ」


 その言葉に、三人が一斉にこちらを振り返る。


「でも――」


 綺咲が何かを言いかけたが、俺は笑顔で静止した。


「せっかくプールに来たんだし、ここに全員いたって仕方ないよ。それに、衣央璃が起きた時、みんなが遊んでいないと知ったら、悲しむんじゃないかな。責任感の強いヤツだから、私のせいで、って思うと思うんだよ。それに、こういう時、側に居るのは俺が一番良いと思うんだ」


 きっと彼女は自分が倒れたことよりも、このイベントを台無しにしてしまった事の方を気にするだろう。そういう時だからこそ、友達よりも幼馴染の俺の方が気持ちが楽だと思うのだ。もう迷惑も心配も数え切れないほど掛け合った仲だ。今更この程度、どうということはない。


「わかったわ、才賀」


 志吹は、俺の肩に振れて言った。


「唯月さんを、よろしくね」

 


 三人は志吹に促される形で、プールに出かけていった。クッション役である俺と衣央璃が不在だが、まぁそれでも、うまくやってくれるだろう。志吹は真摯だし、綺咲は思いやりのあるヤツだ。そして我が妹も、人前に出すのに恥ずかしいヤツじゃない。これをきっかけにもっと仲良くなってくれれば、いうことは無い。


 丸椅子に座って、衣央璃の顔を眺める。慣れないお泊り会で疲れていたのだろうか。無理をしていたなら、させていた方にも問題がある。それは俺が原因かも知れない、と考えなければならないだろう。


 途中、お昼時になり、志吹がおにぎりを届けてくれた。三人は焼きそばを食べたという。妹と綺咲も「残念男子トーク」で盛り上がっているという。


 ――そうしてさらに半時ほどたったころ。


「……ん……」


 ――衣央璃がようやく目を覚ました。

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