第85話

 売店の横には、見るからに安価な樹脂製丸テーブルがいくつか並べてあった。ブルーハワイとレモンを買った琴音ことねは、ブルーハワイを口に頬張り、舌を青くしている。


「それにしても、お前、モテるんだな」


 先程の吉岡という少年。性格はともかくとしても、ルックスは悪くない。世間ではスポーツが出来るだけでやたらとモテる印象があるので、そういう意味じゃ彼はカーストでもトップクラスに君臨しているのだろう。俺だったら絶対に関わりたくないけれど。


「はぁ? だから言ってんじゃん。あたしは愛想いい方だからねー、根暗オタクとは訳が違うんだなー、これが。社交性っつーの? 色々気にしてるんだよなー」

「――だけど、言いたいこと言えないんなら、意味なくないか?」


 その言葉に、琴音の顔が曇る。


「……ちゃんと告白されてないんだよね、まだ」


 琴音はわかりやすくため息をついて、語り始めた。


「多分、好きなんだろうなぁってのは、さすがのあたしでもわかるっつーか……。でも告白されてないのに、断るとかそういうの無いじゃん? だからどうしていいかわかんなかったんだよねー……まぁ、されてもあんなの絶対ムリなんだけど」


 相手の好意はわかるけど、表立っては伝えられていない状態。告白されていないから、断るもなにもない。友達を接するが、相手のそれは友達以上……。望まれない「友達以上恋人未満」の悲しい所だった。

 しかも琴音はまだ中学生だ。恋愛に興味を持ち出したお年頃。対人スキルだって高くない。なるほど、琴音が憂鬱になる訳だ。


「でもそれも今日ので、心配いらなくなったと思うけどね。……別の悩みも増えたけど」


 琴音にとってはブラコンというステータスは迷惑でしかないだろう。だが、もう俺も気にしない。だってやってしまった事だし、それで妹に悪い虫がつかないなら良いではないか。


「――それでさ、兄貴は、誰かと付き合いたい、とかあるの?」


 その話題は、突然提供された。


「はぁ? なんだそりゃ」

「いや、真面目にさ」


 妹の何時になく真剣な目だ。


「んー、まぁ、なくはないな。――いや、ある。けど、そんなことは俺には無関係だと思っていたからなぁ、前は」


 俺の世界と言えば、この家族と、ゲームだ。友達はいない訳じゃないけれど、多くはいない。ネットの向こう側で顔をみたこともない、そういう連中が友達。そんな俺が、恋人だなんて――。と、少し前の俺ならそう思っていたと思う。


 けれど、Daさんを通じて、少し考え方も変わってきている。自分の接し方を変えれば、相手の態度も変わる。前評判を気にせずに相手を知れば、仲良くなれるのだという事もわかった。


 誰かと仲良くなって、恋におちる。

 そんな瞬間がこの先訪れることを、今なら信じられるのだ。

 少しだけだけれど。


「じゃあ、例えば、今日のうちの誰かとは?」

「――それって……」


 ――あの三人のこと、か。


 そんなことが、あり得るのか?


「まぁ、そんなこと、起こり得ないだろ」

「なんで?」

「だって、俺のことを好きになるとか、そういう」

「わかんないじゃん。それに――」


 ほんの少し紅潮したその頬。妹は濡れた瞳で俺をまっすぐに見て言った。


「――兄貴の方が好きになるかも知れないじゃん」


 俺があの三人の誰かを好きになる――?


「そうじゃなくても、兄貴を好きな人がいて、兄貴がその人を好きになったら、そういうことじゃん。いずれは、誰かを選ばないといけないんだよ。そういうこと、考えてる?」


 その言葉を聞いた時、俺はまるで雷に打たれたような気分だった。


 そんな事、考えた事もなかった。いや、考えないようにしていたのかも知れない。


 氷の女と言われた志吹。実は銃オタクの、少し変わっているけれど優しい女の子。

 クラスカーストトップの綺咲。愛嬌があって人懐っこくて、寂しがり屋な女の子。

 そして衣央璃。居るのが当たり前と思っていた幼馴染は、ずっと俺の味方だった。


 そんな彼女達と、俺は一緒にプールに来ている。お泊り会もやった。


 なら、その先は――?


「もし、悩んでるならさ」


 妹は姿勢を正して、言った。


「ずっと一緒にいる人を、選んで欲しいな。その人はきっと、兄貴の事が好きだから」


 いつになく真剣な態度で、妹が本気で言っているのはわかった。

 ずっと一緒にいる人。それはこれまでの事なのか、これから先の事なのか、わからない。だけど――


「なぁ、お前、それってどういう――」


 その時だった。


「才賀ー!」


 俺の名を呼ぶ志吹の声が聞こえた。振り返り手を振れば、慌てた様子でこちらに駆け寄ってくる。息があがった彼女は、膝に手をついてハァハァと苦しそうにしている。


「どうしたの、志吹、走ったら危ないよ」


 俺がそういうと、彼女は唾を飲み込み、鬼気迫る表情で、言った。


「唯月さんが――!」

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