第81話

 綺咲が意味深なウィンクをしてくる。


「だってぇ、こんな可愛い子達だけで行ったら、ナンパにあっちゃって大変だよぉ。守ってくれる男がいないと、困っちゃうじゃん?」


 ナンパというワードに志吹が反応し、「そう、なの?」と衣央璃に訪ね、衣央璃は

「うーん、どうだろうねー、あはは」とごまかしていた。


「……でも綺咲はそういう手合の扱いには慣れて――」

「あーあー、もし強引な男だったらどうしよー、連れ込まれちゃったりしたら、もしかしたらもしかしちゃうかもー?」


 と綺咲は俺のセリフに割り込むように棒読みのセリフを繰り出した。

 それに合わせて志吹が「もしかしたら、なにがあるのかしら」と衣央璃に訪ね、衣央璃は「さぁ、どうなるんだろうねぇー?」とやはりごまかしている。


「えー……それ俺一人じゃ役に立たないような……」

「そんなことないよぉ。ねぇ、衣央璃?」


 その綺咲の振りに、衣央璃が俺の肩に手を置いて言った。


「頼りにしてるよ、才ちゃん。それに、きっと楽しいよ」


 そう言って衣央璃は笑顔だ。


「――才ちゃん――」


 と志吹が小さく反応したのが気になったが。


「んじゃあさ、わかったから、他の男とか呼ぼうよ。鏡介とかさ」

「えーヤダ、メンドイ」


 と綺咲が突然の冷たい態度。なぜ!? 鏡介はいいやつだよ!?


「もう往生際が悪いなー! そんなにあたしの水着見たくないのかよー?」


 そういって綺咲は身を乗り出し、肩を竦めて、Tシャツの襟元を伸ばした。その鎖骨の向こう側に、女性的な膨らみがうっすらと見える。思わず唾を飲んだ。


「もう! 綺咲ちゃん! はしたないよ!」


 そう、衣央璃が怒った時だった。


「――あ」


 ガチャ、という音と共にリビングに入ってきたのは、妹の琴音だった。やべ、という表情で固まっている。


「あ、琴音ちゃん、おはよう。朝ごはん食べない?」

「食べる―!!」


 衣央璃が席を立ち、琴音に着席を勧める。あの女も腹ペコだったらしく、やったーと言いながら着席する。


「よう、おはよう」

「おはよう、ボケナス兄貴」

「……ボケナスは不要なんじゃないか? 友達の前で辞めてくれよ……」

「ふんっ」


 妹はそう言って衣央璃の方を向いて満足そうにしている。そんな衣央璃は妹の為にヨーグルトやらをよそってあげている。妹は衣央璃に甘えっぱなしだ。そして目があった志吹に、照れくさそうにぺこっと会釈していた。志吹もそれを笑顔で返した。


 そして。


「琴音ちゃん、おはよう」


 そんな琴音に向かって、綺咲が笑顔で挨拶する。

 すると妹の表情からとたんに笑みが消え、


「……おはようございます」


 と、そっぽを向きながら口を尖らせた。


 なんだか物凄く感じが悪い。変な雰囲気だ。そんな琴音の態度を、頬杖をつきながら挑戦的な目線を送っている綺咲。

 

 ――何かあったのだろうか?


「という訳でさー、琴音ちゃんも行くでしょ? プール」


 綺咲は満面の笑みで琴音に話しかける。琴音のヨーグルトに伸ばしたスプーンが止まった。


「あたしら女四人と……才賀で。――もちろん行くよねぇ?」

「……兄貴も……」


 この二人の変な雰囲気に、衣央璃も気づいたようだ。テンションの低い妹の背中に手を回して、どうかな? と声をかけている。妹はスプーンを置いたあと、一瞬だけ綺咲を見て、再び俯きながら言った。


「いつ、ですか」

「――今日。ご飯食べたら、すぐにでも☆」


 そんなに急な予定だったのか! と俺も驚くが、驚いているのは俺だけのようだ。しばらく無言の妹に対し、衣央璃が顔を覗き込むようにして「どうする?」と聞くと、


「行く」


 と一言だけ言って、もくもくとご飯を食べ始めた。


「やった☆ じゃあ決まり! よろしくね、琴音ちゃん」


 変わらず笑顔で対応する綺咲に、あんまり目を合わせようとしない妹。かきこむようにして誰よりも早く食べ終わると、ごちそうさまと言って再び部屋に戻っていってしまった。


 ――いくらなんでも態度が悪すぎやしないだろうか。


 とにかくこの瞬間である。

 本日のプール行きが決定したのだった。

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