3-5 そして再び水着になる
第78話
翌朝の目覚めは誰よりも早かった。なぜなら、仕事に向かう支度をする母達が、リビングにいるからだった。
「あれ、あんたなんでそんな所で寝てるの?」
それが本日の母の第一声。
「おお……あんな所で眠れる訳ないだろう……」
上は二人分の布団しか無く、全員が女子だ。そんな環境で平常心を保って眠れるほど、俺の肝っ玉は太くはなかった。しかもちょっかい出してきそうな人達だし。
「まぁいいけど、ここはうるさくなるから部屋行ったら?」
「へーい」
俺は眠い体を引きずり、うがいをしてから部屋に向かった。洗面所の時計ではまだ六時になったばかり。きっと今頃みんなは熟睡している頃だろう。起こすのも忍びないので、音を立てないように扉をあけた。
布団には志吹と衣央璃がお互いの方を向き合って眠っていた。折りたたまれた指先が脱力していて、なんか可愛い。志吹は寝ているとお人形さんみたいだった。衣央璃も、寝顔だけは昔のままなんだなと、顔がほころぶ。
となると、俺のベッドでタオルケットに包まれているのは綺咲だろう。俺は綺咲と壁の隙間に体をそっと押し込み、タオルケットをゆっくりと肩まであげた。俺は壁の方を向いて、こわばった体からため息を吐き出した。
なんとなく、部屋の匂いがいつもと違う気がする。女の子がいるからだろうか? そう言えば、お風呂上がりの彼女達は特に良い匂いがした。なんでだろう、置いてあるシャンプーやら何やらは同じはずなのに。
そんな事を考えていたら、俺の背後で綺咲が寝返りをうった。
「――!」
綺咲の腕が、俺の胸に回されていく。
慌てて振り向こうとして首を持ち上げるが、うまく行かない。そのすきに今度は反対側の手が回されていて、気が付かずに首を枕に戻せば、腕枕をされているみたいになっている。
《えええ!? 綺咲のヤツ、寝ぼけてんのか!?》
抱きしめるように綺咲の体が寄ってきて、気がつけば背中にはその柔らかなな感触があった。そこからもどんどんキツくなっていって、ついには完全に体は密着している。
心臓がバクバクする。いい匂いと、柔らかなな感触と、ぬくもり。彼女の吐く息が背筋にかかる。その心地よさに、眠気が完全に吹き飛び、そして俺の中の男がむくむくと目を覚ましていく。
《あああああ、もうやばいだろ、これ。はぁああああ》
綺咲の腕はときより
――すると、その手を握り返してきた。
「――!」
そして再び体がこわばり、強く抱きしめられる。
「……ん……」
綺咲の吐息混じりの声が聞こえた気がした。
二人の体は密着していて、双方の心音が合わさって、静かなはずなのに、頭の中はうるさかった。これで綺咲が寝ぼけているなら、起こしてしまうのはよくない。俺が変なことをし始めたと誤解されれば、それは寝込みを襲うのと同意義だ。死ぬ。社会的に死ぬ。
《だれか助けてくれ……!》
そう心の中で叫んだ瞬間だった。
「……んふふ……」
綺咲の押し殺した笑い声が聞こえた。
「……えっ?」
「んふふふふふ」
――綺咲のヤツ、起きて――
すると綺咲が体を起こして、俺の肩に顎を乗せて、こちらを覗き込んでこみ、そして小声で言った。
「おはよう」
綺咲は満面の笑みだった。
「お前、起きてたのか……!」
「しっ。おっきな声だすと、二人が起きちゃうよ」
綺咲は満面の笑みで、口に人指し指を当てている。普段の大人びた綺咲の面影はなく、少女のような笑顔だった。いたずらがうまくいったことにご満悦の様子だ。
「……そんなヤツにはおしおきだっ」
「――きゃっ!?」
俺は肩に乗った綺咲ごと、寝返りをうって振りかぶった。そして、綺咲と近距離で目が合う。
「――――」
トクン。
心臓が鳴った。
至近距離に綺咲の顔があった。差し込む朝日でもわかるほど、頬が赤らんでいる。綺咲は手を胸の前で合わせて、きゅっと縮み上がるような仕草で、固まっていた。
俺はおでこにコツンとやる予定だった拳を、下ろせないでいた。俺も彼女と同じように固まってしまった。不思議な引力のようなものを感じて、俺は徐々に引き寄せられそうになるのを、こらえるので一生懸命だった。
「――才賀――」
綺咲が俺の名を呼ぶ。その唇に、視線が奪われる。
あれ、綺咲って、こんなに可愛かったっけ――。
いや、綺咲は最初から可愛い。人気者の美人で、彼女を好きな人は沢山いる。クラスの中心人物で、そんな彼女が今俺の目の前にいて、まるで恋人のように――
「――もしもーし」
「「!!!!!」」
その突然の声に、俺達はムチにでも打たれたかのように跳ねた。気がつけば、ベッドを覗き込むように、衣央璃の首が生えていた。
「何やってんのぉ? うるさいんですけどぉ」
まぶたが開ききっていない衣央璃が、怪訝な顔で俺達を見ていた。さっきの綺咲の声で、起きてしまったらしい。
「わ、わわわ悪いな衣央璃! ちょっとベッドが狭くて!」
「そ、そそ! 寝返りしたら蹴っ飛ばしちゃったみたいな!?」
俺たちは慌てて言い訳すると、衣央璃は納得したのかよくわからない顔で「ふぅ~ん」と言って、あくびをしてからまた布団に倒れ込んだ。
「……衣央璃? 寝たのか?」
衣央璃は再びまぶたを閉じて気持ちよさそうにしている。俺はそれを見てそっと胸を撫で下ろした。
――瞬間だった。
がばぁっ。
急に衣央璃がタオルケットをめくりながら起き上がった。
「……てゆーか、なんで一緒に寝てるんですか」
その時の衣央璃の顔は、まるで不機嫌な子供そのものだった。
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