第76話

「クラスで話している所とか、あまり見たことがない気がするのだけれど……」


 志吹がまっすぐと俺を見つめる。いつの間にか二人の距離は近くなり、見つめ合っているみたいだった。


 俺は視線を逸して綺咲を見た。こういうことは、俺から言うべきでないと思ったんだ。綺咲は俺の視線をしばらく含み顔で見つめた後、再びスマホを操作し、画面を表示させた。


「――あたしも同じ。これで才賀を見つけたからね」


 そこには、綺咲が一番最初に俺に送ってきたメッセージが表示されていた。


『私と会ってくれませんか。 ――有坂才賀』


 思えばこのメッセージが、今の俺と綺咲の関係の始まりだった。最初はただのクラスメイトでしか無かった綺咲。彼女がこうしてアプローチをかけてきてくれなければ、俺は彼女のことを知ることは無かったのだろう。


 そう。綺咲と俺は、出会い系アプリで、もう一度出会ったのだ。


「高橋さん。それはつまり……」

「――綺咲。綺咲でいいよ、って、さっきも言ったっしょ?」

「……ごめんなさい。じゃあ綺咲も、相手が才賀だってわかってて連絡した、ってことだよね。――それはつまり、綺咲も才賀狙いだった、っということかしら」


 志吹が曇りなき眼で綺咲を見つめる。氷の女の所以であるその澄んだ瞳に、綺咲が写っている。


「――そうだよ。と言っても、一度フラれてるんだけど」


 驚き食いついてくる二人に、綺咲は髪の毛をかきあげながら語り始めた。

 当時、どうしても行きたいカフェがあって、そこに連れていける相手は同級生にいなかったこと。それは俺に話してくれたものと、同じことだった。


 ――今になって思うのは、綺咲がそうまでして大人のデートを知りたかった理由。それは彼女の父親に恋人ができたことが大きかったのではないか、と思う。だから綺咲はそれに拘っていたのではないか。それを彼女に聞くことはしないけれど。


「誘って断られるとか、初めてだったんだよねぇ。悔しかったぁ」


 綺咲は気だるそうにちゃぶ台に突っ伏して腕を伸ばし、見上げてくる。そして必殺の上目遣いからの――


「でも、デートは楽しかったケド☆」


 含みのある言い方に、衣央璃と志吹がビクンと反応し、


「デート!?」

「才賀!?」


 と両サイドからTシャツの裾をつままれる。


「いやお前、あれは――!」

「なに? 二人で待ち合わせして、大人なカフェで食事したりするのはデートじゃないんだ?」


 わざとやっているのか、綺咲は寂しさも含まれたなんとも言えない表情をしている。妖艶というか、女の子の魅力がたっぷり詰まった仕草。こんな顔されたら男は溜まったもんじゃない。俺はこぼしそうになった言葉を、思わず喉を鳴らして飲み込んだ。


「ねぇ才賀」


 左を見れば、色の無い笑顔を向けた志吹がいる。Tシャツの裾ごとつままれた俺の皮膚が悲鳴を上げる。


「大人なカフェ、って、どういうことかしら。私、そんな所に連れて行ってもらったことないのだけれど」


 と嫉妬に火を付けた志吹が盛大に失言を噛ましてくれる。そんなこと言ってしまったら――


「ねぇ才賀」


 今度は右側から肩を掴まれる。怒った時だけに発揮される握力で、俺の肩が悲鳴を上げる。


「しばらく見ない間に随分とプレイボーイになったみたいだねぇ? 仲直りしてから一度だって誘ってくれてないのに!」


 両サイドから送られてくる圧に、思わず綺咲に救いの視線を送る。が、それは逆効果だった。


「――また一緒にいこーね、才賀」


 そのウィンクが、二人の勢いに油をくべた。二人の身が寄せられ、俺の腕に柔らかい何かの感触が届けられた。


 ――俺はラブコメの主人公にでもなったのだろうか――


 そんな錯覚に身を任せて呆けるしか、俺はこの場を乗り越えられそうになかった。

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