第75話
志吹はそうして経緯を話し始めた。
ことの発端は、兄が彼女を連れてくるようになったことによると言う。
歳の離れた兄は、志吹が中学にあがる頃にはすでに仕事に就いていて、父から託された現場の管理業務で連日遅く、あまり遊んだ記憶がなかった。兄の気を引こうにも接点がなさ過ぎて、それは叶わなかった。
そして志吹が高校生二年生に進学する春。
兄は彼女を自宅に連れてきた。
「……なんだか兄が別人に見えて。ずっと一緒に生活してきた私よりも、その人の方がずっと兄を知っていて。それで、恋人という関係を意識しだしたのだけれど……」
そんな折、ネット閲覧中に発見したアプリのバナー広告に吸い寄せられ、このアプリをインストールするに至った。
「始めてみたものの、なんだか良くわからなくて……連絡来るのが年上の人ばかりで、ちょっと怖いと思っていたら、同い年の人から連絡が来て、それで……」
俺とすんなり会ってくれたのは、そういう背景があったかららしい。
志吹の見た目なら、年上男子が放っておかないだろう。それを断り続けていた中で俺とは会ってくれた、というのがなんだかとても嬉しい。
「え……? それで、今の話のどこに才賀が出てくるの?」
衣央璃は頭上にはてなマークが出てしまっている。志吹から出会い系アプリの話題がでただけでも驚いていたようだが、この話と俺が出会った話の関係性が見いだせないようだった。
「――その相手が、才賀だったって話ね?」
そこに事情を知っている綺咲の余裕あるフォローが入る。志吹がこくっと頷くと、衣央璃は心底驚いた様子で、思わずちゃぶ台が揺れるほど強く手を付いて身を乗り出している。
「それって才賀も出会い系やってたってこと!?」
衣央璃が綺咲に詰め寄ると、綺咲は何も言わずに手のひらを俺の方に向けた。それに合わせて眉を歪めた衣央璃の顔がついてくる。その表情は誰がどうみても不満を表している。
「はは、まぁ、そんなとこ……」
俺はその圧を思わず笑ってごまかすしかない。
衣央璃と俺の喧嘩は、俺の親が有名人だということをバラしたことによる、いわゆる「望まぬ金目当てモテが発生した」ことによる。それを迷惑と言わんばかりの俺の態度が、衣央璃との関係悪化を招いた原因だった。衣央璃は衣央璃で事情があったにせよ、俺の為にとった行動にも関わらず俺が心底嫌がっているのを見て、苦しい思いをしていたはずだ。そんな中、当の本人が出会い系アプリで他の女と出会っていたなんて話が、納得できる訳も、面白い訳もないのである。
「ふぅん。ふぅん。ふぅ~ん」
衣央璃の追求の目線が痛い。顔はこれ以上近くに寄れないというくらい近い。緊迫感の中に女の子の良い匂いまでしてきて、もう良くわからない。
「じゃあ、才賀は彼女が欲しかったんだ?」
そこに割って入るように指先を向けた綺咲が言った。
「んー、まぁ一応」
俺は目線を泳がせた。
別に嘘ではないが、気持ちを後押ししたのはDaさんとゲームバトルがあった、とは言えなかった。それは不満を顕にしている衣央璃の顔を見たことで余計にそうだ。
「じゃあ、今度はあたしから質問ね」
綺咲がちゃぶ台に身を乗り出し、こちらを覗き込んでくる。
「どうして志吹に連絡したの?」
その試すような視線が俺に突き刺さる。
「いや、まさか水谷さんがいるとは思わなかったから……」
「ふぅん? でもさー」
綺咲はそう言ってスマホを操作し、画面をこちらに向けてきた。
「これを見れば、志吹だってわかりそうなもんだけどね?」
それはアプリに登録された志吹のアカウント、Ivukiのアイコンだった。
「どれ、みせて」
衣央璃は綺咲の腕ごと携帯を引き寄せて、そこに表示された志吹の顔に目を見開いている。
「これじゃあ、志吹を狙ってた、っていうふうに思われても仕方ないよねぇ?」
挑発するような綺咲の目と、「嘘をついたら殺す」と言わんばかりの衣央璃の視線が同時に向けられる。
「まぁ、その、興味はあったっつーか……」
「なに、その微妙な含み」
俺が笑ってごまかすと、直後に志吹が不満そうに突っ込んだ。
「だって……」
「まぁいいですけど」
そう言って志吹が唇を尖らせてふてくされている。そしてそれを見た衣央璃も不満そうにしている。綺咲だけがその光景を微笑ましそうに見ていた。
「じゃあ、今後は私からいいかしら」
その流れを変えたのは志吹だ。
「才賀と高橋さんは、どこで知り合ったの?」
志吹が斜め上を見ながら、頬に手を当てて、そして言った。
「クラスで話している所とか、あまり見たことがない気がするのだけれど……」
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