第74話
「カンパーイ!」
ジンジャーエールを掲げ、やたらとテンションの高い乾杯が行われる。それは有坂家で行われる女子会開催の音頭だった。
女子三人が俺の部屋で寝ることになったため、俺はリビングへと追いやられた。布団一枚とベッドで雑魚寝してもらう算段だ。その布団をくるっとロールアップしてちゃぶ台を設置、そこにお菓子やら何やらを敷き詰めたのが、本日の会場という訳だ。
しかしその会場に、なぜか俺も居た。
正確には、逃してもらえなかったのだ。
ちゃぶ台に向かっている四人は、俺から見て右が衣央璃、左に志吹、そして真正面が綺咲だ。
綺咲はノースリーブTシャツに、俺の貸したスウェットを身につけている。この中で最もラフな格好をしているが、それでも品が悪くならないのは流石だと思った。大きめのスウェットパンツは下がり気味で、おへそのしたあたりが見え隠れする。そういうのを少しエロいと思うのは、俺だけだろうか。
一方、志吹はニット素材のスウェットパジャマだった。手触りの良さそうな素材のショートパンツ+パーカーのスタイルで、女子の話を聞いている限りでは有名なブランドのものらしい。女の子座りをしながら俺の枕をずっと胸に抱かまえているのが、なんだか可愛らしい。
女子達は夏の制服が暑いだの、制汗対策はどうしてるだの、肌の手入れがどうだので盛り上がっている。主に綺咲と衣央璃の二人が情報交換し、志吹はそれを受け取っている感じだ。年頃の女の子はやっぱり色々頑張ってるんだなぁと感心する。
「じゃあ、そろそろ」
時刻は一◯時を回っている。話のテンションも落ち着いたところで、本格的な女子会に入ってもらおうと席をたった、その瞬間だった。
「才賀」
と、衣央璃が俺の服の裾を掴んで引き止めた。
「――どこ、いくの?」
衣央璃はまっすぐ前を見たまま、こちらに振り返らない。
「え、いや、そろそろ――」
「座って?」
衣央璃の圧を感じる。そして見渡してみれば、女性陣全員からなんとも言えないオーラが放たれている! そして気がつけば、志吹までも、俺の服の裾を掴んでいた。
「お、おう……」
俺はなんとも言えない空気を感じて、結局その場に着席した。……なんだ? この雰囲気は。
「――私、ずっと気になってたんだけど……」
ジンジャーエールを飲みほした衣央璃は、深呼吸して言った。
「才賀と水谷さんって、いつの間にか仲良くなってたよね。私、知らなくて」
その話題は、イキナリの直球剛速球だった。
「ああー、それわかるー! あたしも気になってたんだよねー?」
綺咲は頬杖をつきながらこちらにニヤニヤしている。
こいつ、しらばっくれやがった!?
俺は志吹との馴れ初めを、衣央璃には話していない。知ってるのは、本人と綺咲だけだ。Daさんに提案されたアプリの導入だが、しかし、アプリの全容が分かれば、俺が志吹にそっくりな相手を狙って検索をかけたことなどがバレてしまう。
それにこの方法のまずい所は、志吹が出会い系アプリで出会いを求めていた事実までが知れ渡ってしまうことだ。俺の方は最悪良いとしても、この部分だけは本人の意思を無視してばらしてしまう訳にはいかない。俺の立場だったら、知られたくない。
志吹は、困り顔でこちらに上目遣いをしている。悪意のない「どうしよっか」みたいな雰囲気が、余計に誤解を生みそうな感じだ。
「えっと、それは――」
ここは俺が切り出すしかない。走り出した会話の中で空気を読んでコントロールしていくしかない。そう思って口を開いた俺に、綺咲が人差し指を向けた。
「ここは、志吹から聞きたいなぁ」
その伸ばされた人差し指が、俺の唇に振れそうになる。初めて会ったあの時のように、挑戦的な瞳がまっすぐに俺を射抜いている。
――綺咲、お前一体どういうつもりで――
「――私も、水谷さんから聞きたいな」
しかしそれに衣央璃が同調した。笑顔の中に、余裕の無い真剣な眼差しが志吹に向けられている。
要するに、口出しするな、ということなのだろう。
「えっと……」
その展開に、志吹は口籠っている。顎に手を振れ、目線を左右に泳がし、頭をフル回転させている。
「……言いづらいことでも、あるの?」
その様子を、頬杖をついた綺咲が煽っていく。この瞬間、綺咲の意図が全くわからない。なぜ綺咲は、俺からの説明を遮って、綺咲に話させようとするんだろう?
「いえ、言いづらい、っていう事は無いのだけれど……」
「だけど?」
「一体どこから話したら良いのか……」
志吹がうーんと唸り、考え込んでいる。二人は志吹の言葉を息を飲んで待っている。しばらく無言が続いた後、志吹は確認するように俺を見た。俺は頷き、俺自身も彼女の言葉を待った。
「……私……友達が少なくて……」
志吹はそうして経緯を話し始めた。
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