第73話 Shibuki

 緊張する。だけれど、緊張してるようじゃ、だめだ。


「じゃ、先入ってるねー」


 服を脱いだ高橋さんが、胸にタオルを重ねて、先にお風呂に入っていく。その後ろ姿に、女の私がドキドキする。腰から臀部にかけてのラインは芸術品のようだと思った。そういう魅力が、高橋さんにはある。


 私は洗面所で、深呼吸をする。同世代の前で裸になったことなんて学校のプールの授業くらいしかない。しかも、状況が違う。周囲が会話に夢中になっている中で体にタオルを巻きつけて着替えるのとは訳が違う。今は一対一。それもお風呂だから、入ってしまえばずっと裸だ。相手が女の人だって緊張する。それも、相手があんなに綺麗な人なら、尚更だ。


 高橋さんに誘われた時、とても嬉しかった。これで私もみんなと同じ経験が出来るんだって、そう思ったのだ。このまたとないチャンスを無駄にしたくない。気遣いで声をかけてくれた高橋さんに応える意味でも、緊張なんかしていられない。これは普通のことなのだ。私はそう自分に言霊ことだまをかけて、服を脱いだ。


「お邪魔、します」


 湯けむりにかすむ浴室で、高橋さんは気持ちよさそうに肩からシャワーを浴びていた。私が恐る恐る入ると、優しい顔で迎い入れてくれる。


「おいで」


 そういって私の背中にシャワーをかけながら、撫でる手が心地よい。


「キレーな体しているねー。肌とか、真っ白」


 その瞳が私の体に向けられていることが、恥ずかしい。


「髪、洗ったげる」

「え、大丈夫……」

「いいから、遠慮しない、遠慮しない」


 高橋さんはそういって私の両肩を押して、椅子に座らせる。最早私はなされるがままだ。


「それだけ髪の毛長いと大変っしょ? せっかくなんだから、洗わせてよ」

「はい……」


 そういって高橋さんは手際よく頭を洗ってくれる。


「キレーな髪」


 人に頭を洗ってもらったのなんて、どれくらいぶりだろう。とても気持ちよかった。


「はい、終わり」


 私の濡れた髪を絞り、器用にピンでかんざし止めしてくれる。次はどうしよう、と思っていたら、泡立てられた球状のネットが手渡された。至れり尽くせりだった。


「体は自分で洗ってね」

「う、うん」


 高橋さんの手際の良さと誘導にすっかり乗せられてしまった。クラスメイトなのに、なんだか友達というよりも、姉のような感覚。私に姉がいたとしたら、こんな感じになるのだろうか。


 曇った鏡越しに、泡だらけの私の体と、そしてその奥に高橋さんの体が見える。おへそがすごく綺麗だ。


「――良く、泊まりに来たね」


 見惚れて手が止まる私に、高橋さんが言う。それは、一体どういう意味なのだろう?


「聞いた感じだと、親、かなり厳しいんじゃないかって」


 そういう意味か。我が家の教育ルールが厳しい中での宿泊会参加に、心配してくれたのだろう。


「……今日は、無理を言って来てしまって。女子会をやってるから、どうしても行きたいって言ったら、許してもらえたの。……車を出してもらったから、三枝さいぐささんにはバレてしまったのだけれど」


 三枝さんは目的地を聞いても黙っていてくれた。そればかりか、「お楽しみになって下さい」なんて、応援されてしまった。私が友達と遊んでくることが嬉しいみたいだった。


「それだけ、志吹は来たかった、ってことなんだよね」


 洗い終わった私の体にシャワーをかけながら、高橋さんがそう言う。それはまるで私の意思を確認するかのようだった。


 来たかったか、と言われれば、その通りだと言うしかない。むしろ私には、来ない理由を探す方が難しいのだった。


 一つは、女子会。年頃の女の子なら誰しも経験していると思うけれど、私はその機会に恵まれなかった。二つ目は、その参加者達。友達というにはおこがましいかも知れないけれど、高橋さんと唯月さんは、私にとって数少ない「そう呼べるかもしれない」人達だった。


 そして最後に、才賀。彼は間違いなく、一番仲の良い同級生。同世代の男の子で、銃の話も出来る、大切な人。こうやってお泊り会が出来るようになったのも、彼あってのことだ。それは否定しようがない。そんな彼と少しでも長く居られる口実が作れるのであれば、私は何を優先してもそれを選ぶだろう。


「うん。みんなにも、会いたかったから」


 それは本心だった。本心がこうして抵抗なく出てくるというのが、私には珍しいことのようにも思えた。裸になると、心まで裸になると言うが、これが俗に言う裸の付き合いによる効果なのだろうか。


「――みんなにも、ね」

「?」

「はい、じゃあ志吹、あんたお風呂入って。こーたい」


 高橋さんは何かをごまかすように、私を入浴に促した。


「え、でも――」

「だいじょーぶ。不慣れで緊張してる人に頭を洗わせるほど、あたしは鬼じゃないってー」


 そう言われて、まさにその通り過ぎて反論の言葉は無かった。私が浴槽で体育座りをしながら、高橋さんの体をずっと見ていた。


 高橋さんは、間違いなく美人だ。クラスでの様子を見ていても、友達は多いし、男女関わらず人気がある。


 そんな彼女が、なぜこの場にいるのだろうか。才賀とは、家に泊まる程の仲なのだろうか。


 それはつまり、恋仲ということなのだろうか。


 そう思うと、何故だが胸騒ぎがする。私の心が落ち着かなくなるのを感じる。


 別に才賀が誰かの恋人だからと言って、私との関係が変わる訳じゃない。きっと才賀は、それからも変わらず仲良くしてくれると思う。それくらいには、彼に対して信頼がある。


 けれど、その恋人がそれを良しと思うかは別の問題だ。そうなれば、私は彼と遊んだりできなくなるのかも知れない。


 ――それは嫌だ。


 高橋さんの美貌と人を惹き付ける所が、羨ましかった。


「今夜は、いっぱい話そーね」


 高橋さんの笑顔が眩しい。

 私はそれに笑顔で返すのが、精一杯だった。

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