第67話
コンビニへの帰り道。先程までの緊張感が嘘のように、二人は談笑しながら俺の前を歩いている。
「そうそう、それでねー?」
「へぇー、おもしろそう!」
モデル系美人の陽キャな綺咲と、ふんわり系美人のおっとり衣央璃。系統は違うけれど、可愛い二人だ。校内でも人気のある二人組が、揃って俺の家に泊まるだなんてことが、未だに信じられない。
「じゃあ、あとでね、綺咲ちゃん」
「あーい! それじゃねー!」
家の前の路地で別れる。衣央璃は一度家に帰ってから梨花さんに相談してくるそうだ。まぁ梨花さんと俺の両親なら、断られることもないだろう。夕飯時には揃う見込みだ。
「ただいまー」
綺咲は慣れた様子ですっとサンダルを脱ぎ捨て、手を洗いに行く。いちいちおどおどされたらこちらも疲れてしまうので、ありがたいと言えばありがたい。
「晩ごはん、どうしよっか」
洗面所で、綺咲が言う。
我が家の晩ごはんは遅い。うちは共働きな上、俺と妹が料理をしないので、母が戻ってきてから料理している。両親の仕事の都合もあり食材が適度に追加されるため、それを有効活用するのが母の趣味でもある。もちろん、「たまにはアンタ達も」と小言を言われることもある。だが俺はどこぞのラノベのように何故か生活力だったり料理スキルだったり掃除スキルが高いなんて事はないのだ。どうだ、あっはっはっは。……はぁ。
「なにため息ついてんの?」
「いや、自分の不甲斐なさを嘆いてみたよ。一瞬だけ」
「?」
綺咲は首を傾げている。陽キャの綺咲には無縁の感性のようだ。
「でもさー? あたしだけじゃなくて、衣央璃ちゃんも増えるってなると、大変だよね」
綺咲はそのままの勢いで、顎に手を乗せて考えている。
「何が?」
「晩ごはんの話してたつもりなんだけど?」
「そーでした」
「二人分でしょ? 食材とかもあるし」
「あー、その点なら多分心配ないぞ」
俺はそう言って、リビングに向かう。綺咲は不思議そうに着いてくるが、冷蔵庫をあけると、納得したようだった。
「まぁこんな感じで食材は沢山あるんだ」
我が家の冷蔵庫は大きめだ。それはこうして食材を沢山入れておけるようにしてあるのだ。綺咲は興味津津でその中身を見ている。
「すごー。てか、これ、業務用って書いてあるけど……」
「それ、お店の残りなんだよ」
「え?」
俺の父は「ARISAKA亭」を経営する会社の社長兼パティシエだ。ARISAKA亭は複数拠点をもつチェーンで、健康志向の菜食料理と季節の果物を生かしたスイーツが人気で、単価が高いながらも上質な空間を提供する隠れ家的な雰囲気が主に女性にヒットしている。ランチでもデザート、おやつ時もオッケー、もちろんデートや家族ディナーにも使える。父はその創業者であり、今では複数拠点を持てるようになったのだ。
父が有名になったきっかけは、昼の番組での取材。スイーツ一つに対してロマンを語るその姿が話題となり、最近では夜ドラマの撮影舞台にその店舗が選ばえるなどして人気に火がついている。
「才賀のお父さんって、あのARISAKA亭の社長さんだったの!?」
「そうだよ。見てわからなかった?」
「あたしあんまりテレビ見ないから……。ちっくしょー、写メ取っておけばよかった!」
話を聞けば、カフェの存在やその社長が有名らしいということは女友達から聴いてはいたものの、顔までは流石に調べたりはしなかったようだ。俺に声をかけた時も、ただ一緒に行きたい場所にいける相手を探していたからであって、俺の親父がどうだとかそういうことには本当に興味が無かったらしい。
「まぁ、嫌でも今日会えるけどね。毎日帰ってきてるから」
店が繁盛してからは、各店舗に責任者を置くことで、父は新規メニューの開発に専念している。
「んじゃぁ、お母さんはどうしてるの?」
「その運営だよ」
母は昔ベジタリアンで、「ベジタリアンでも楽しめるレストラン」の企画をチェーン会社の企画部で検討していたところ、父と出会い、父とそのプランに惚れ込み退社。以来、二人三脚で頑張ってきたのだ。スイーツに没頭する父をサポートする形で、実質的な運営や管理などに母が積極的に関わっている。
「そんな訳で、日落ちしたりしたヤツを持って帰って、ここにぶちこんでるんだ」
卸会社からの試供品や、新商品開発のために発注したものの余剰品などが、こうして我が家で有効活用され、時にそこから新メニューが生まれたりする、という訳だ。
「へえー。なんか、かっこいいー!」
「そうでもないよ」
飲食業界の浮き沈みは激しい。今は儲かっているからそれで良いかも知れないが、店舗運営は失敗すれば潰れるまでもまた早い。そんな状況で、贅沢しようなんて感性が俺に身につく訳もなく、両親を応援しつつも、後を継ごうとは思わないのもそんな事情があるのだ。
「じゃあ、あたしが料理なんてしたら、迷惑かなぁ」
食材を見ながら、綺咲がそんな事をいった。
「え? 綺咲、料理できんの?」
「は? 出来るに決まってますけど?」
何が決まっているんだろう。
「女たるもの、料理の一つや二つできないと! ……ってのはまぁあれよ、嘘。うちはほら、母親がいないからさ。あたしが作るしかなかっただけなんだけどね」
と、ウィンクする顔が、少し寂しそうに見える、のは俺の気のせいだろうか。
「……まぁ、よろこぶんじゃないか?」
俺はごまかすように頭を掻いて言った。
「たまには俺達にも作れ、って言うし。手間が減ってありがたい、と思うよ」
俺がそう言うと、綺咲はまるで少女のように顔をぱぁっと明るくした。その笑顔に、不覚にもドキッとする。
「オッケー! んじゃ今晩はあたしに任せとけー!」
綺咲の笑顔は、周囲を一発で明るくする。
「美味しすぎて、惚れても知んないぞ☆」
「……期待してるよ」
変わらぬ綺咲スマイルに、俺はため息をついた。
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