3-3 こうしてラブコメは始まっていく
第65話
エアコンが効いた部屋に男女が二人きりで、他に何をしようというのだろうか。
――そんなの、漫画を読むに決まっている。
「――ねぇ、才賀ぁ」
ベッドによりかかり読書にふける俺に、ベッド上にいる綺咲が腕を回してくる。
「他のはないの~?」
首から回された手が、俺の漫画のページを弄り倒して読むのを邪魔する。
「ねぇー、他のやつー」
「……さっき渡しただろうよ」
中途半端な時間に起きてしまった俺達は、身支度を終えた頃には昼食時になってしまい、母が作り置きしてくれたおにぎりを味わい、そして綺咲の持ち込んだ衣類を洗濯などしていたら、出かけるには微妙なおやつ
「もう読み終わったー」
「だから早すぎるんだよ、お前は」
綺咲の読書は物凄く早く、速読を通り越してもはやちゃんと読んでいるのかわからないレベルだった。全一五巻構成の漫画をわずか一時間半で読み終えてしまい、他にも手当り次第手を出している訳だが、それもわずか数分しかもたない。そして読み終える度に、こうして俺にまとわりついて読書を邪魔しにくるのだ。
「そこの本棚から好きに選んでいいって言ってんじゃんか」
「えー。才賀が選んでよぉ。あたしわかんないもんー」
と、その都度、猫なで声で俺をパシってくるのだ。
「……しゃーないな、もう」
ベッドから本棚までは数歩の距離だ。しかし綺咲はベッドの上から動こうとしない。俺が渋々立ち上がると、頬杖をついてなんだか嬉しそうにする。そして、
「ほい、んじゃ次はこれ。ちょっとエグ目の魔法少女もの」
「あんがと☆」
と嬉しそうに受け取るのだ。……数分しかもたないのだけれど。
昨晩の一件以来、綺咲はますます俺に遠慮がなくなり、絡んでくるようになった。こころなしかボディタッチが多い気もするが、おちょくられている気もしなくないので、感情を無にしてやり過ごしている。学校での俺たちからは想像できない関係だと思う。
「ねぇー、お腹減ったー」
そういって今度は、綺咲の足先が俺の後頭部を小突いてくる。全く、落ち着いて読書もできない。
「ねぇー、ってばぁー」
「人の頭を足げにするようなヤツの声は聞こえんな」
実際、これほどの頻度で声をかけられると、若干いらっとくる。本当は本なんて読んでなくて、かまって欲しいだけなんじゃないか、と一瞬考えもする。が、そんな思い上がりの間隔は忘却の彼方に吹き飛ばしておくことにする。
「ねぇ、コンビニいこ?」
再び頭にしがみついてきた綺咲が、俺の耳元でささやく。俺はいよいよ腹をくくり、このわがままお嬢様の気まぐれに付き合うことを決意した。
「わかった、わかりましたよ、お嬢様」
「やった☆」
すると先程までテコでも動かなかった綺咲は身軽に立ち上がる。
「なぁ、その格好でいくのか?」
「ん、そーだけど?」
薄ピンクのキャミソールがオフショルダーTシャツから覗くラフスタイル。そこにデニムのショーパンから生足が大胆に見えている、まさに夏本番のスタイルなのだが。
「……せめてブラは付けてくれないか」
その胸部のシルエットは、見る人が見ればわかる感じだ。いくら男の俺でも、これだけ薄着で背中にそのラインが出ていないとなれば、区別ぐらいは付くというもんだ。
「やだよ。だって暑いもん」
「あのなぁ」
「それに、全部洗濯しちゃったし?」
俺の部屋のベランダには、外泊中に貯めた綺咲の衣類の大部分が干してあった。最初は下着が視線に入ることに恥じらいを覚えたが、当の綺咲本人があまりにも当たり前にそうするので、まるで気にしている俺の方がおかしいのかという気になってしまった。これだけの日差しだ、カーテンの向こう側では順調に乾いていることだろう。
「結構苦しいんだよ、ブラって。他のみんなだってオフの時は付けてないんじゃない? なんで休日なのに付けないといけないのさ」
「……そういうものなのか?」
「そだよー。きっと志吹ちゃんとかもそうだよ。真帆とかぁ……あー、衣央璃ちゃんはぁ、ちょっとわかんないけど」
俺は二人の姿を想像した。それがどんな姿だったかは、読者の諸君のご想像におまかせする。
「何想像してんの?」
「うわっ! 急に顔ちけえよ!」
「スケベな顔してる」
そう指摘する綺咲が、意地悪そうに顔を覗き込んでくる。やはりこいつ、楽しんでやがる。
「んなぁことぁどうでもいいんだよっ。いくぞ!」
「はぁーい」
綺咲はそう言うと髪の毛をポニーにして、ゆらゆらと俺についてくる。
「うわ、まぶし」
サンダルをつっかけて外にでれば、真夏の太陽光線が本気を出していた。
「溶けるぜ……」
「何それ」
「陰キャで闇属性の俺には、太陽光線は天敵なんだよ」
と思わず意味のないことを言いたくなるほど、とにかく暑くて項垂れてしまう。舗装されたアスファルトから陽炎が登っている。
「意味わかんないんですけど」
綺咲はそう言いながら笑っている。太陽の明るさに負けないくらいの眩しい笑顔だった。クラスで見ていたあの笑顔が、こうして俺のすぐ横で向けられている。その景色を見て、それが今までの日常になかったものだという事を再認識した。
「んじゃあ、あたしが守ってあげよう!」
「はぁ? ……んお!」
綺咲はそういって俺の背中に飛びついてくる。その背中に柔らかい感触がその温度と共に提供される。
「やめれ、かえって暑い!」
「あ、やっぱ?」
懸命に振りほどく俺を指さし、笑っている綺咲。何がそんなに面白いのかわからない。
「――才賀といると、楽しいよ」
「さいですか」
だけれど、昨晩の事を思い返すと、これも悪くないんじゃないかと思う。綺咲にはやっぱり笑顔が似合う。できればこのままずっと笑っていてほしい。そんな事を柄にもなく思った。俺が友達として側にいることでそれが実現できるなら、捨てたもんじゃないなんて思うのは、思い上がりだろうが。
だが、それを周りがなんて思うかは別問題だ。
「……才賀?」
区画を折れた先で、俺を呼ぶ声。
幼い頃から何度も聴いたそれを、俺が間違える訳がない。
「……と、――綺咲ちゃん?」
買い物袋を持って立っていたのは、俺の幼馴染。
「
彼女は俺と綺咲を見て、言った。
「……どういう、こと?」
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