第64話

 翌朝、というには遅すぎる時間帯である。部屋の中はカーテン越しの真夏の光量で十分な明るさになっている。時計を見れば、一◯時を回っていた。


 俺の横では、綺咲が眠っている。ベッドの上で壁に寄りかかって立膝をつく俺に、頬をくっつけるようにして気持ちよさそうに眠っている。俺ははだけかけたタオルケットを引き上げた。


 綺咲はあの後、比較的すぐに落ち着いた。しかし状況が恥ずかしかったらしく、そのまま寝付くことに決めたらしい。俺も今更仕切り直す分けにもいかず、そうこうしているうちにお互い眠ってしまったというわけだ。


 俺はそっとベッドを抜け出した。親が出ていく前に起きていこうとは思っていたが、昨晩みたいなことがあると、流石に朝はやく起きるのは無理だった。腰も痛い。俺はぐっと伸びをしながら、とりあえず用をたそうと部屋をでた。


 部屋の扉をそっと閉めたタイミングで、妹がトイレから出てきた。


「おはよ」


 しかし妹は俺の姿を認めるや否や、鋭い睨みを利かせながら部屋に消えていった。扉を閉める音に、確かな怒りを感じる。


「なんだ、あいつ」


 朝に機嫌が悪いには今に始まったことではない。しかしあの睨みは、機嫌がなんとかではなく、俺に対して怒っているものだ。俺は何かしただろうか?


 トイレから戻ると、綺咲が起きていた。


「起きたのか」


 綺咲はベッドで女の子座りをしながら、髪の毛を触ってぽやっとしている。


「おはよー……」


 しかし大分眠そうだ。それはそのとおりで、俺達は十分な睡眠時間を取れているとは言い難い。


「おはよう」

「目が開かないー」


 綺咲はそういって目を擦っている。


「朝シャンでもしてくる?」

「うー、そうさせてもらうわー。タオルとか借りていい?」


 綺咲はそういって立ち上がり、部屋の扉の方に向かう。その後ろ姿はやはりスラッとしていて、モデルみたいに美しい。


「昨日と同じ感じだから。あ、着替え持っていけば?」

「そうするー」


 綺咲は荷物を漁り、下着などを一通りもって部屋を出ていった。なんだかクラスメートの寝起きを見るっていうのは新鮮だ。知らない面を見れている感じがする。


「さてっと」


 俺は布団などを適当に畳み、PCデスクに腰掛け、スマホを触った。スマホアプリには新しい通知が来ている。差出人は志吹だった。


『PC買ってもらった! けど設定がわからなくて……教えてほしいです』


「おお、さっそく買ってもらったんだ。早いなー、行動が」


 志吹はPC購入を親に頼んで見ると言っていた。PCさえあれば、その向こう側の人と音声でやり取りしながら一緒にゲームできる。俺と同じく、ゲームフレンドが作れるのだ。


『今度教えるよ。ライブチャットアプリだけインストールしておいて』


 最近のライブチャットアプリは大変高性能だ。音声は綺麗に聞こえるし、画面の共有も出来る。相手の画面を見せてもらえれば、どこをどんな設定にすればいいのかどうかも伝えられる。便利な時代になったもんだ。


 そんなことをしている時、部屋のノックがした。


「兄貴」


 声の主は妹だ。妹がノックするとは珍しい。


「どうした?」

「綺咲さん居る?」

「いない、今風呂」


 そう答えると、扉が開けられる。

 妹は開けた扉を握りしめたまま、部屋の様子をジト目で見つめて、何かを確認しているかのようだ。


「なに?」


 妹はその問に応えず、しばらくしてから、俺に言った。


「……変なこと、してないでしょうね」

「はぁ? なんだって?」

「変なこと!」


 いきなり妹がプンスカモードに突入する。俺は未明の事を思い出し、ちょっと口ごもんでしまった。別にやましいことでは、多分ないはずだが……


「………!」


 しかし妹はそんな俺の顔を見て、まるで沸騰したかのように顔を赤くして、もう! と叫んでから、


「バカ兄貴! いっぺんぐらい死んどけ!」


 と言って扉を叩くように閉めて行った。


「わけわかんね……」


 妹の奇行に憔悴していると、綺咲が部屋を開けて入ってきた。髪の毛をタオルドライしながら、妹の部屋の方を見ながら、扉を閉めた。


「妹ちゃん、どうしたの?」


 どうやら戻り際にその一部始終を見ていたらしい。俺は頭を抱えながらうなだれた。


「――反抗期なんだよ」


 俺は妹の怒りの理由を深くは考えなかった。


 まさか、あんな理由で怒っていたなんて。この時に良く考えておけばよかったと、そう思う。

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