第62話

 いつの間にか眠ってしまっていたらしい俺だが、あまりの寒さに目が覚めた。エアコンの除湿が全開で、俺はタオルケットすら脱ぎ捨てた薄着で寝ていたらしい。


 カーテン越しの空はわずかに明るんでいるように見える。夏の太陽は早起きだ。俺には到底真似できそうにない。起きてしまったというものの、半分は寝ぼけている頭を起こそうと、とりあえず頭を掻きむしってみる。


「んん……」


 すると、ベッドの方から声が聞こえる。最初に誰だ、と思い、次の瞬間には「そうだ、綺咲が泊まりに来ているんだった」と思い出す。覗き込めば、綺咲が横向きで寝ており、布団が肩より下まで下がっていた。


 ――寒いだろうに――


 起きないように、布団を直してやる。横向きで寝ている綺咲の手が、柔らかく握られている。顔はまるで少女のように穏やかだった。


 ――こいつも、女の子なんだな――


 高い女子力と対人スキルでカースト上位にいる綺咲。スキなしの完璧超人のような彼女のイメージは、まるで俺とは次元の違う生き物のように感じていた。早熟で、俺が知らないことを沢山しっている、俺と交わることは無いだろう人物。それが俺のイメージだった。


 その綺咲が、今、俺の部屋で、少女の顔をして寝ているのだ。こうしてみると、俺となんら変わらない、高校生の女の子だ。



 俺がもしあのアプリに登録をしなかったら。俺は水谷志吹と繋がることは無かったし、それを見た綺咲が俺に連絡をすることはできなかっただろう。そしてあの日が訪れなければ、俺は彼女の何も知らずに、高校を卒業していったのだろう。


 あの時の綺咲の本懐はわからない。クラスメートを放っておけなかった、それが本当でも、綺咲が勇気をだしてくれなかったら、今のこの瞬間は訪れてはいなかったのだ。


「綺咲。ありがとう」


 俺はそう言いながら、いつの間にか彼女の頭をなでていることに気がついた。


「――!」



 ――一体何をやってるんだ俺は――



 母は流されるな、といったが、なるほど、人間、距離が近くなると不思議な感情が湧いてくるものだと実感する。


 俺は頭を冷やすことも兼ねて、エアコンの温度を調節した後に部屋を出た。誰もいないリビングで静かに唸る冷蔵庫を開け、ハーブティーのボトルを取り出し、コップに注いで飲んだ。母親が趣味で入れているものだが、こういう時、気持ちが落ち着く気がした。


 時刻を確認すれば、四時半という所だった。宿泊初日の朝に二人して起きてこない、というのもなんだか気が引ける。せめて両親が家を出る七時前には起きて、挨拶くらいはしておいた方がいいだろう。一応、間違いは起こしてませんよアピールも兼ねて。


 そんな事を考えつつ、スマホでゲームニュースを確認したりして、部屋に戻った。


 その時だった。


「んん、いやぁ……!」


 綺咲の聞いた事ない声が、小さく部屋に響いていた。

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