3-2 強がり猫の、ホントのところ

第60話

 一通りの食事も落ち着き、俺は部屋に綺咲を案内する。


「お、意外と綺麗じゃん」

「まーな」


 重たいスポーツバッグを床に下ろす。綺咲は躊躇することなく部屋の奥まで進み、遠慮なく俺のベッドに越しをおろして、天井を見上げた。


「エロ本は?」

「ねぇよ。 一番最初にそれ聞くか?」

「えー、鉄板じゃない?」

「知るか、俺には女を連れ込んだ経験がほとんどないんでな」

「ふぅーん?」


 部屋に戻った綺咲はいつもどおりのテンションだ。常に俺をおちょくってくる訳だが、彼女なりのリラックス方法なのだということにしておいてやる。


「風呂、案内するよ。先に入っちゃってくれ。その間に布団敷いとくから」

「ええー? 一緒に寝ないの?」


 俺が毒気の抜かれた顔で振り返れば、物凄く楽しそうな挑発的な目線が向けられていた。――これから毎日これが続くのか。


「アホ言ってないで、ほら行くぞ」

「はぁーい」


 綺咲はそう言ってバッグを漁り、俺に着いてくる。俺は適当に使い方を説明し、バスタオルを置いて、


「んじゃ、部屋にいるから」


 そう言って扉を閉めようとすると、


「――覗いてもいいよ?」

「覗かねぇよ!」


 といちいちアホな事を言ってくる。こいつ、絶対楽しんでる。


 予備の布団を借りて、床に敷く。ベッドは今朝シーツや枕カバーを交換したばかりだ。綺咲にはベッドで寝てもらうことにしよう。


 厄介なことになった。一泊どころか、数日間に及ぶ宿泊になるとは。その間、俺はゲームをのびのびとやることも叶わないだろうし、男として色々困ることも出てくるだろう。何しろ、同世代の女の子が泊まりに来るなんてのは、今までに経験がない。しかも、相手はあの美少女の高橋綺咲だ。不思議と緊張はしないが。

 そこまで考えて気になった。綺咲には彼氏がいないのだろうか? 普通、こういうイベントは彼氏に頼むだろうし、いるにも関わらず俺の家に泊まりにきたのであれば、まぁ俺の命は危ないだろう。冷静に俺が綺咲に手を出すなんて考えられないことはわかろうもんだが、しかし嫉妬というものは人から冷静さを奪っていく。あのゲーム仲間の連中がいい例だ。彼氏がいないから俺の家に泊まりにきたと考えるのが普通だが、「あの高橋綺咲に彼氏がいない」というのも、なんか釈然としない。俺の中の陽キャのイメージは、年がら年中恋人がいるということだ。本当、爆発すればいいのに。


 そんな事を考えながら、特にやることもなくPCをイジっていた時だ。部屋のノックなしに扉が開け放たれる。


「才賀ー、お風呂さんきゅー」

「おう。ってお前!?」


 俺は綺咲のその姿に驚き、思わず椅子からひっくり返った。


「ちょっ、何やってんの? だいじょうーぶ?」

「いや、おま、お、おま」


 綺咲の柔肌が目に眩しい。綺咲はショートパンツに上半身半裸、首からバスタオルをかけ、その前にたらした部分で乳を覆い隠していた。


「服きろ!」


 俺は尻もちをつきながら指で顔を隠した。思わず指先を開いて先を見そうになるが、本能が動かす指先との熾烈な戦いが俺の中で生まれている。


「いや、そうなんだけどさー、ドライヤーなくて」


 そういって綺咲はストンとベッドの上に腰掛け、タオルで髪の毛を挟むようにして水分を取り始めた。真横から見る綺咲のスタイルはやはり凄まじくよく、横からみた胸部の膨らみに、思わず唾を飲んだ。純粋に、綺麗だった。


「そ、そこにあるから!」


 俺は部屋の入り口にあるタンスの上を指差した。


「あー、あんがと。ねぇ、取って?」


 綺咲はタオルドライに夢中という感じで、早くも俺をパシリにつかう。俺は覚悟を決めてドライヤーを手に取り、綺咲の側に投げた。


「サンキュー」


 そういって綺咲はドライヤーをかけ始めた。ドライヤーの音と一緒に、機嫌の良さそうな鼻歌が聞こえてくる。いったい、こいつは何を考えているんだ?


「いやさー、お風呂場にドライヤー無いとは思わなくて。変わってんね?」

「いやいやそうかも知れないが、だからと言って服を着ないで出てくるのも変わってるだろ!?」

「知ってる? 女の髪は乾かすのに時間がかかるの。濡れたまま上を着たら肩のあたりがビショビショになって、結構気持ち悪いんだこれ」


 そう言いながら、乾かした髪にコームを通している綺咲。


 我が家は風呂の回転率を上げるため、ドライヤーは各個人が部屋で行うことになっている。そうしないと、風呂が唯一の癒やしとまで豪語する父が、入るタイミングを失うからだった。それは妹が中学にあがった時から続いている慣習で、それが我が家のみのルールだとは思っていなかった俺がいる。


「だからって……」


 俺は高ぶった心拍を落ち着かせる為に壁に向かって深呼吸を続けていた。だめだ、これは心臓が持ちそうにない。


「もういいよ、ほら」


 そう言われて恐る恐る振り向けば、明るい髪をおろした綺咲がいた。普段はなんらかしらのアレンジがくわえられているだけに、なんだか新鮮だ。

 そして着用しているのはタイトなTシャツ。胸の部分の膨らみが強調され、凝視すると色々発見できてしまいそうなので、俺はそれ以上観察するのはやめた。その俺の表情の変化を、満足げに見ているのが、なんだか悔しい。


「風呂、行ってくる! 適当に寛いでてくれ!」


 俺は逃げるようにそう言い放ち、部屋をでた。


「ごゆっくり~☆」


 平穏な日常は、しばらく帰ってきそうにない。俺はそう悟った。

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