第59話
綺咲は一度瞳を閉じると、事情を語り始めた。
父親の新しい彼女が家にいること、その人をまだ受け入れられないこと、父親の邪魔はしたくないこと、心の準備には時間がかかること。そして数日後に女の人が帰るまでの間に、自分の中で何かの決着を付けたいと考えていること。
俺の両親はその話を黙って聞いていた。
「それで、パパ……父には暫く帰らない、と言って出てきたんです。最初は女友達の家に泊めてもらっていたのですが、難しくなってしまって……そこで、良くしてもらってる才賀クンに、相談したんです」
相談と言うよりは、半ば無理やりだったような気もするが、この場に限っては良い改変だと思う。
綺咲の話が終わり、食卓には無言の時間が流れた。父を母は視線を落とし、ずっと黙っている。
「親父……その、俺からも頼むよ。家族に迷惑はかけないから」
そして俺の言葉を聞いた父は、言った。
「迷惑をかけない、だと?」
――凄い圧だ。何かまずっただろうか。
すると父は突然、身を乗り出していった。
「何を言う! 迷惑ならもっともっとかけなさい! なぁ、母さん!」
――え?
「ええ――あなた偉いわ! なんて父親想いの優しい子なのぉ。辛かったわよね、綺咲ちゃん!」
気がつけば、母が隣で涙を流していた。
「わかった、高橋さん。そういう事情なら一泊と言わず、好きなだけいるといい!」
「そうよ、そういう時は無理をしてはいけないわ。困ったことがあったら、なんでも言ってね」
そういって母は立ち上がり、綺咲の肩に手をおいている。
「おじさん、おばさん、ありがとう」
綺咲がそういうと、母はそんな綺咲を抱きしめている。綺咲も悪い気がしないようで、その母に手を回している。
――ええ……何、この流れ……
「母さん、そうと決まったら、早速歓迎しないと。ほら、高橋さんに料理を」
「そうね! 綺咲ちゃん、好き嫌いはないかしら?」
「そんな、わざわざ」
「何を遠慮しているのよ! ごめんなさいね、手の混んだものは今からすぐには作れないのだけれど、たくさん食べちゃってね」
「ありがとう、お母さん」
「あらヤダ! お母さんだなんて! まるで未来のお嫁さんみたい! きゃー!」
と、家族といきなり溶け込んでいる綺咲。
――我が両親はロマンチストだった。だから二人は父の夢の為に全力になることができた。辛い時も、苦しい時も、そのロマンだけは捨てなかった。その結果が今の成功につながっている。だから、綺咲の家庭の話は突き刺さったのだろう。
やがて父の命により妹を携帯で呼び出すと、
「ほら琴音、うちでしばらく預かることになった、高橋綺咲さんだ。女同士、サポートしてやってくれ」
と呆けている妹に父が言う。
「琴音ちゃん、よろしくね☆」
綺咲が琴音の前まで言って、その手をとった。二人の身長差と女としてのレベル差が顕著にでている。近寄られた妹は、何故か顔を赤くしている。
「あ、それ、ジェラピケの部屋着じゃーん。かわいい! 琴音ちゃん、女子力たかいねー?」
「い、いえ、そ、それほどでも……」
そしてもじもじする妹。綺咲の女子力に早くもアテられているようだ。
しかしやはり、綺咲の対人スキルは恐ろしいものがある。たった数分のやり取りで、我が家の住人の心を掴んでしまった。先程までの堅苦しさは一瞬のうちに消し飛び、まるで以前からずっと知り合いだったかのような和気あいあいとした雰囲気が形成されている。むしろ、俺の方が部外者なのではないかという気すらしてくる。
だが何より驚いたのは、綺咲の真面目な一面だった。迫力あるうちの両親を前におじけず、すべてを話通す胆力、そして覚悟。学校の連中が見たら、きっと驚いただろう。綺咲は単なる陽キャの浮ついた女子じゃない。それだけはわかった。
「よろしくね? ――才賀」
こうして綺咲は俺の家に泊まることになった。
――なってしまったのである。
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