シーズン3
3ー1 夏の嵐は突然にやってくる
第55話
派手な銃撃音と共に、俺のキャラクターが血飛沫をあげて倒れこんだ。それと同時に、不快な歓喜の叫びがヘッドフォン越しに届いた。
『ざまぁ!』
『くたばれリア充が!』
それはゲーム仲間の声だった。
「おいおい、随分だな」
有利ポジションからの一方的な射殺。ゲームと楽しむ為というより、確実に俺を仕留めるための手段なのは明白だった。
『うるせぇ。お前みたいなヤツは、これくらいでちょうどいいんだ!』
先程から俺はゲーム仲間に罵倒&ひどい殺戮プレイを浴びせられている。ここ数日はずっとこんな感じだ。原因に心当たりがあるかと言われれば、まぁ「ある」と応えるしかない。
『女を連れ込むヤツなんて、仲間じゃねぇぜ!』
これが奴らの言い分だ。つまるところ彼らは、俺が志吹を部屋に招いて一緒にゲームをやっていたというシチュエーションが、とにかく気に入らないらしい。それは憧れを通り越して恨みに達しているのだと、Daさんが補足解説してくれた。
「連れ込むって。だから普通に遊んでいただけだって言ってんだろ」
『何が普通に遊んだ、だ。どこの世界に、女を連れ込んで一緒に戦争ゲームやるヤツがいるんだよ、え!?』
ここにいるんだよなぁ。
接待プレイは最高にこなしてくれた彼ら。声だけならまるでイケメンの如く振る舞いで、志吹をもてなしてくれた。覚束ないプレイを補佐し、志吹の言葉を自然に引き出す話術などは、「なんだこいつらやれば出来るじゃないか」と上から目線で感動してしまった程だ。
しかし彼らはそれを相当に根に持っている。
『一緒にゲーム出来るとか、どんな贅沢だよ!』
Daさん曰く、彼らは引き続き活発にアプリによる出会いや交流を続けているという。しかし未だにクリア発表がないあたり、交際に発展した例はないのだろう。正直どこからどこまでが交際というのか俺にはわかりかねるのだが、少なくとも「女の子を自宅に招く」という行為自体が、彼らより「進んでいる」という事らしい。
「だから言ったじゃんか。友達が欲しいっていう、そういう子なんだってば」
しかし次の瞬間にはまた罵倒が飛ぶ。一度仲間じゃないと思った相手の言葉が届かないのは、オタクあるあるだ。だからお前たちはモテないんだ、という言葉は飲み込んでおくとする。俺も金でモテ期が来ているだけだし、人のことは言えない。
『かわいい声だったなぁ。緊張しちゃって。あれは絶対、黒髪ロングの切れ長の瞳、見た目はクールなのに中身はドジっ子なんだろうなぁ』
と声で容姿を想像するヤツまでいる。それが当たっているから恐ろしい。
『本当に何もなかったのかい?』
その声にまじり、Daさんが俺に問いただす。この場合の何かというのは、恋人らしい何かということだろう。例えばキスとか、エッチとか。
「そういうのは、なかったですよ」
『……そんなにブスなのか?』
「ブスじゃないですよ! むしろ美人! てかそれ本当言い方やばいっすよ!」
と俺がフォローするが、そのフォローがむしろ他の連中に油を注ぐことになっているという、負の循環だ。
『まぁまぁ、君たちは若いからな。まだ無理に一人と決めなくてもいいだろう。十分に青春してくれたまえよ』
と、励ましなのか慰めなのか煽りなのかよくわからないことをDaさんは言う。
『とはいえ、そろそろ実績を伴ってくれないと、困るよ。いや本当まじで』
と、アプリ運営会社の担当としての嘆きも聞こえてくる。
「……そもそも俺、付き合うとか良くわかんないんすよ」
俺は死亡した自分のキャラクターを見つめながら言った。
「何がどうなったら、付き合ってる、って言うんですかね」
これは最近考えるようになったことだった。世間で言う所のカップルという状態は、果たしてどう定義されるのか。
『そりゃお前、エッチすることが許される間柄だろ』
『ばか、それだとセフレもオッケーになるだろ』
『でもある意味条件クリアじゃね?』
と煩悩むき出しおバカ全開な言葉が押し寄せて来る。こいつらに聞いた俺が馬鹿だったのかも知れない。
「じゃあさ、一緒にいる時間の長いやつで、でも付き合ってませんって言ってる二人と、遠距離だけど付き合ってますって言ってる奴ら、一体どっちが付き合っていると言うんだ?」
俺の素朴で純粋な疑問は、しかし彼らに踏みにじられる。
『どっちもエッチしてないから付き合ってない』
『どっちともエッチしているなら、そいつを殺す』
俺はこいつらに二度と恋愛相談をしないと誓った瞬間だった。
しかし、実際よくわからないというのが本音なのは事実だった。
例えば二人きりで出かけることをデートというなら、それを何回かこなす間柄は交際していると言っていいのだろうか。仮にそうなのだとすれば、俺はすでに志吹や、昔の話をひっぱりだせば衣央璃とだって付き合っているということになる。
でも、俺にはそんな感覚はないし、多分相手もそうだ。
そこに言葉が必要なのだとしたら、それは告白するということだろうか。
――俺は誰かに告白する時が来るのだろうか。
――俺は一体誰に、告白するんだろうか。
ゲーム仲間のくだらない恋愛論に辟易としつつ、そんなことをぼんやりと考えていた時だ。珍しく俺のスマホが鳴動する。
「わりぃ、ちょっと電話」
そういってヘッドセットをはずし、ミュートにする。
しかしよく見てみれば、番号は知らないヤツだった。
最初は面倒だと思い、暫く見守ってみるが、相手の着信は長い。しぶとさに根負けして、俺は電話を取ることにした。
「もしもし」
応答のすぐ後に届けられたのは、女の声だった。
「あ、もしもし才賀クン? あたしでーす。さて、だれでしょーか?☆」
俺は驚きと共に呆れかえり、頭を掻きむしった。声とテンションを聞けば、それが彼女だということはすぐにわかった。
「――あんたか。どうして俺の番号を――」
「はいぶっぶー。あたしの名前はアンタじゃないんですけどー」
「……なんの用だよ、
彼女が実際に悪いやつじゃないということは、海で遊んだ時点でわかっている。
しかしどうしても彼女からアプローチされると、裏があるのではないかと勘ぐってしまう。
そしてやはりそれは当たるのだ。
「いきなりで悪いんだけどさー、単刀直入に言うわ」
彼女が現れると、俺の日常が激変する。
高橋綺咲は、俺にとって嵐のような女だ。
「――今日、泊めて?」
――ほらな。こうなるんだよ。
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