第52話 古溜都鏡介はその時
「ねぇ
部屋でくつろいでいたら、ふいに
「才賀か? 彼女いないはずだけど」
俺は体の汗を拭って、タンクトップを被った。
「本当?」
「本当だよ本当。むしろついこの前まで、女はうんざりって感じだったぞ」
同じく薄着の紗名は、手鏡で身だしなみを整えながら、うーんと唸っている。
「なんだよ、気になるのか?」
俺はむすっとした感じで答えた。仮にその相手が親友だとしても、彼女が別の男に興味を示すのはやはり面白くない。
「いや、そうじゃないんだけど」
「んじゃあ、なんだよ」
はっきりしない紗名に、俺はその手鏡をどかして顔を覗き込んだ。それに驚いていたが、俺が嫉妬したのが嬉しかったらしく、上機嫌な表情だ。
「私、おもうんだけど、
そこまで言われて、ようやく紗名の疑問の意図がわかった。
「好きだろうな。ただし、本人は異性として、とは思ってないんじゃないか」
「そんなことある?」
「なんでも、幼馴染だから、ってのが、二人揃っての口癖だからな」
というのは、二人の言葉を友人として信じての発言だ。言葉の裏を深読みすると、ろくな事がない。どう見えようが、二人がそういうんだから、二人の関係は幼馴染なんだ。
ま、その場合、二人にとってはな、というフレーズがついてくるワケだが。
「じゃあさ、水谷さんは? あれは完全に懐いているっていうか」
「それは――、まぁなんだろうな」
そこらへんは実は俺も詳しくは聞かされていない。気がついたら繋がっていたし、水谷さんは随分と才賀を信頼しているようだった。
「なに? 秘密?」
「ちげぇよ。俺も知らないんだよ。そこんとこ」
なにせ、「俺と彼女が関わることはこの先もない」、ってのは才賀自身の言葉だ。
「だって、あの『氷の女』って噂でしょう? 私だって殆ど声聞いたことなかったのに」
俺もノリで「あの女ならどうだ」と煽って言ってみたりはしたものの、実際、あの無口で誰も近寄らせないオーラ全開の氷の女に、一体どうやって近づいたのか、見当もつかないのだ。
「それは俺も気になるんだけどさ。教えてくれないんだ。――いや、今のは言い方が悪いな。たまたま聞く機会を逸したというか」
才賀ならそのうち話してくれる。俺はそう信じている。実際あの時も、話してくれようとしていたじゃないか。
「そっかぁ。でもさ、二人とも可愛いよね。二人に迫られたら、有坂君はどうするんだろうね?」
才賀に彼女ができることは、きっと良い事だ。先日の海でわかったことだが、水谷さんは悪い人じゃない。唯月さんはとてもいい子だ。その二人のどちらかなら、きっと才賀を幸せにしてくれるだろう。あの二人なのであれば、俺も安心していられる。
◇
「いつも送ってくれてありがとうね」
紗名を駅まで送る。このあたりはあんまり治安が良くないから、女の子一人で歩かせるには微妙だ。それが彼女なら尚更だ。それでもこうして俺の家に遊びにくるのは、諸々と俺の家の方が都合が良いからだった。
「いいなぁ、なんかああいうの」
紗名が言う。
「ときめきっていうの? 付き合う前の、友達以上恋人未満、みたいなのって、楽しくていいよね。うらやましなー」
「なんだよ、俺じゃ不満なのかよ」
「ばか、そういうんじゃないよ」
そういって、人前にも関わらず、紗名はこちらに振り返り、キスをした。口と口をしっかり合わせた、大人のキスだ。
「もちろん、付き合ってからの方が、何倍も素敵だけどね。鏡介もそう思うでしょ」
人は変わる。
紗名だって、ひと目もはばからずキスをするような人になるとは思わなかった。真面目で優しく、ときに厳しい副部長、そして風紀員。だけど彼女は俺と付き合い、交際を続けていって変わった。以前の張り詰めた感じが解け、俺には遠慮なく接してくれる。それは俺の前でしか見せない姿だ。
才賀が恋をして、自分に自信を持つことができたら。
それはきっと、あいつにとっても、俺にとっても良いことのはずだ。
「人間、ないものねだりなのかもな」
隣の芝は青く見えるという。関係が深まれば、初々しかったあの時期は帰ってこない。でもそんなもんだと、俺は思ってる。
そんな時だった。携帯がなる。着信相手は、
俺が紗名に画面を見せると、首を傾けて「でなよ」という感じだった。
「もしもし?」
「あー、鏡介クン? どうもー、おひさー。海ぶりー?」
綺咲の相変わらずのテンションがスピーカーから漏れてくる。
「海ぶりだな。どうした、突然」
綺咲とは海イベントの日に連絡先を交換した。「何かあるかもしれないから」という理由で向こうから交換を提案されたのだが、まさか本当にかかってくるとは思わなかった。
「んー、そうそう、あのさ、才賀の連絡先、おしえてほしーんだー」
「才賀の?」
俺は紗名と顔を見合わせる。一体どういうことだろう。
「SNSは知ってるんだけどねー、連絡つかないんだぁ。ナウ連絡したいのよ、なう」
才賀と綺咲は一応海で遊んだ仲だ。何用かはわからないが、SNSで連絡を取っている仲なら、電話番号を教えるくらいは問題ないだろう。俺はそう判断して、電話番号を教えた。
「あんがと☆ 今度何かお礼するわー。じゃ、まったねー」
と言って電話が切れる。
俺はそのやり取りの違和感を探るため、電話をきったまま数秒考え込んだ。
「どうしたの?」
「ん、いやさ、高橋さんがさ、才賀、って呼び捨てにしてたんだよ」
「そうなの?」
違和感の正体はそこだ。俺の知る限り、高橋綺咲と有坂才賀はあの海で初めて友人になったと言っても過言ではないはず。何より、あの綺咲だ。なぜあいつが、才賀の連絡先を? それもすぐに連絡したい用事って、なんだろう。
「ねぇ鏡介」
「ん?」
「――綺咲ちゃんまで有坂君狙い、なんてことはないよね?」
俺はその言葉に「まさかな」としか答えられなかった。
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