2-6 その頃の周りの人達は
第51話 唯月衣央璃はその時
――思わず、飛び出してきてしまった。
玄関ですれ違う時、
「ただいま」
徒歩で数分にある自宅の扉を開ける。リビングの奥から「あれ」という声が聞こえ
たけれど、聞こえなかったことにした。そのまま二階に上がろうとすると、リビングの扉を開けて、スイカバーを咥えたお母さんが顔を出した。
「
「ああ、うん」
お母さんは意地悪そうな目をしている。まるで帰ってきたのが迷惑みたいに。
「なに、その気の抜けた返事。喧嘩でもした?」
「――うるさい!」
そしてこういう時にお母さんは斜め上の鋭さを発揮する。私は顔が一気に紅潮するのを感じて、部屋に駆け込んで扉を叩きつけるようにして閉めた。
「おお怖わ」
ちっとも怖くなさそうな声が扉越しに小さく聞こえる。それにまたいらっとして、私は布団に飛び込んだ。
ばふっ。
お気に入りの枕に顔を埋めて、ため息をついた。
「もー、さいあく」
なんであんな事で取り乱したのか、自分でもわからない。せっかくすいかを持っていったのに、ほとんど話せなかった。買ってきてくれたアイスも食べそこねたし、いいことなしだ。
「なんなの」
それもこれも、琴音ちゃんがへんなことを言うからだ。
◇
「ねぇ、お兄ちゃんから誘われたんでしょ?」
「え、何に?」
「何に? じゃなくてぇ、デートよ、デート」
と、とても楽しそうに詰め寄ってくる。デートって、何のことだろう。
「デート?」
「そうきたかー! お兄ちゃんと会うのはデートにならない系かー!」
琴音ちゃんは頭を抱えながら一人とても楽しそうだ。
――デートって、私と才賀が?
「いやあ、さっきね、もじもじしてたワケよ。鬱陶しいから、誘っちゃえよって背中を押しておいたから」
ウィンクしてくる琴音ちゃんは私から見ても可愛い。
――でも、そんな話はもらってない。
「あの、琴音ちゃん? それ多分何かの勘違い――」
しかし私の言葉は聞こえなかったかのように、琴音ちゃんは人差し指を立てながら語り始めた。
「夏休み前の休みにも出掛けてたでしょー? もう、隠さなくていいのにー。あんなお兄ちゃんと遊んでくれる女の子なんて、衣央璃ちゃんくらいしかしないんだからー。あたしは早く二人がくっついて、衣央璃ちゃんに本当のお姉ちゃんになってもらいたいんだから」
そう言って抱きついてくる琴音ちゃん。
だけど私の心は踊らなかった。
「夏休み前の、休み……」
私が大泣きしたあの日。才賀が慰めてくれたあの日。ずっと心が離れている感じがしたのが、やっと繋がったみたいな、そんな幸福感があった。今までの隙間を埋めるような、もっと一緒にいたいという気持ちがあったのは確かだった。
だから私はあの時、誘うとしたのだ。
――明日、何してる?
だけれど、あの時、才賀は言った。
――出かける予定だよ。遊ぶ約束があって――
それはつまり、才賀が誰かとデートしてたってこと?
「……衣央璃ちゃん?」
さっき誘おうとしてたって、誰のこと?
才賀が誘うのに勇気がいる程の相手って、誰?
「……え……衣央ちゃんじゃ、ない……の?」
少なくとも、私じゃない。
私は才賀の幼馴染。才賀の交友関係に何かを言う資格なんてない。
だけれど、この気持ちは何?
「ちょ、ちょっと、衣央ちゃん、大丈夫?」
気持ち悪い。顔が熱い。渦巻く感情に心臓が締め付けられる。苦しくなる。
もしかして、私、才賀のこ――
「――私帰るね!」
その思考を遮るように、逃げ出すように、私は部屋から飛び出した。もう頭がパニックになっていた。とにかくここから早く帰らないと。
そんな時に限って、あの人は私の目の前に現れるのだ。玄関をあけて、冗談半分で言ったアイスをしっかり買ってきて。
――才賀――
◇
そこから先の事はあんまり覚えていない。冷静さを取り戻したのは自宅の玄関の前についてからだった。
「ううううううう」
枕を抱きしめて呻いてみる。何かエネルギーを発散しないと、爆発してしまいそうだった。ひとしきりベッドの上でもがいた後、息が切れて、少し冷静になった。
「――才賀は幼馴染」
幼い頃から、仲が良かった。私達はずっと一緒なんだと、無意識にそう思っていた。だって家族のようなものだったから。私の人生は、彼なしでは語れないのだ。
「――だけど、男の人」
知らない才賀が増えていく。それは私をすごく不安にさせた。私の知らない間に、新しい才賀が生まれていくことが、怖かった。置いていかれる気がして、寂しくなる。
「誰、なの」
私はこの感情の正体を知ろうとはしなかった。
――まだ、知りたくなかった。
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