第50話
「痛つつつ……」
妹が立ち去った後、俺と志吹はリビングに移動していた。妹のスネ蹴りは器用にも
「大丈夫?」
「なんとか」
志吹に支えてもらう形で到達したリビングのソファ。そこに腰掛ける俺に、志吹が湿布を貼ってくれた。たいした怪我ではないのだけれど、心配そうな眼差しがなんだか嬉しかった。
「ごめんね、なんか、恥ずかしい所を」
初めての訪問。そして妹との修羅場。兄に暴力を振るう妹なんて、家族として恥ずかしいと思うのは俺だけだろうか。
「ううん、全然。妹さんと仲良いんだね」
「ええ!?」
今のが!?
「う、うん、見えるけれど……違うの?」
俺の
「うーん。どうなんだろう。でも仲が良かったら、蹴ったりしなくない?」
「ううん。仲が良いから、蹴れるのよ。私にはそういう兄妹がいなかったから、よく分かるわ」
そう言って、寂しそうな顔をする。
「兄とは十個離れているの。幼少の頃は私の面倒を見てくれたらしいのだけれど、私が物心ついた頃には、一緒にいる時間は
――それが銃だった。
「多分、兄にしてみれば、たまたまハマっていた、数少ない趣味のうちの一つに過ぎなかったとは思うのだけれど、それでも私は嬉しかった。喧嘩も遊びも一緒にできない兄と、唯一対等に話せる話題なんじゃないか、って思って」
志吹は寂しさをごまかすように笑って、救急箱を丁寧に閉じた。
「それも私の勘違いだったんだわ。私が中学に入って、仕組みを覚えた頃には、兄はもう仕事をしていたから」
歳の離れた兄妹。一回り近く離れてしまうと、趣味を共有することもかなわないのだろう。
「共通の話題がないっていうのは、寂しいわ。とても距離を感じるもの。……そういう意味では、私は才賀にとても感謝しているの」
その笑顔が、なんだか俺には悲しかった。おそらくそれは、彼女が幼い時より身に付けなければならなかった、手段の一つなんだ。周囲に大人しかいないなら、大人になってから身につければよかった処世術を扱えるようになるしかない。駄々をこねれば周りがなんとかしてくれる――そういう環境には、無かったということなのだろう。
「そんな……僕なんて……」
だから俺は、力になりたいと思った。
「――じゃあ、増やせばいいんじゃないかな」
「――え?」
今からでも遅くはないはずだ。
「増やそうよ。共通の話ができる友達を」
なにせ、俺達は高校生なんだ。そして俺達の夏は、これからなんだ。
「どう、やるの?」
俺は気合を入れて、スネの痛みに絶えながら立ち上がった。
「まぁ、ついてきて」
彼女の手を引いて、立ち上がらせる。俺は階段に向かいながら、スマホを片手にメッセージアプリを起動した。
「志吹の希望に叶うかどうかはわからないけれど、僕が志吹に提供できる、数少ないものなんだ」
メッセージアプリに、俺は片手で高速入力する。
@『集合。ナウだ』
そのメッセージはすぐに既読になる。やはり、奴らは信頼できる。
@『すでにプレイ中』
@『おけ、ログインする』
@『何事?』
次々に返信が届く。俺はそこに、こう送った。
@『紹介したい奴がいる。接待希望、騒ぐな危険』
俺は部屋につくなりライブチャットアプリを起動、志吹を椅子に座らせ、イヤホンの片耳を渡した。
「ねぇ、一体どうしたの――」
不安そうな志吹に、俺はサムズアップで返した。
「銃の話なら眠らずに延々とできる――。そんな奴らがいるんだ。この向こう側に」
イヤホンから、いつもの彼らの声が聞こえる。俺が今日まで大切にしてきた、顔も知らない親友達。
「さぁ、志吹。最初は挨拶からだよ」
それは志吹にとって、新しい世界との邂逅だった。
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