第49話

 PCを立ち上げ、ゲームを起動する。


「俺が普段やってるやつ。やってみる?」

「いいの!?」


 その腰の軽さ。志吹はひょいと立ち上がり、PCデスクに座った俺のすぐ後ろから覗き込んでいる。


 ゲームは一人称タイプのシューティングゲームだ。マウスとキーボードで操作するタイプで、俺は適当なモードでどんどん撃ち倒していく。


「スゴい! 凄い!」


 その様子はここ一番の超テンションだ。画面を覗き込むと、その頬が俺の頬に触れそうになる。そして背中には、とても暖かで柔らかな何かが押し付けられているのがわかる。

 ああ、いい匂い。


「志吹、やってみる?」


 しかし俺は平静を装って席を譲る。志吹は一瞬俺を見た後、興奮冷めやらぬ様子で席に座る。目がキラッキラしている。まるで少女だ。


「んで、こうやって構えて、そう、こう……」


 志吹にマウスを握らせ、キーボードに指をおかせる。指のフォームが悪いので、左手を触って動かしていく。


「け、結構難しいわね……」


 しかしこのシチュエーションに若干のときめきを感じているのは、どうやら俺だけらしい。


 そんな志吹も数分の後、ある程度操作できるようになってきた。クリックする度に大迫力の射撃音が聞こえること、そして詳細な銃のアクションがたまらないらしい。始めたばかりの人が勝てるようなゲームではないので、さすがにデスを量産し続けている。


「今の当たってないの!? この銃曲ってるんじゃないの!?」


 などと罵倒しながらヒートアップし始めている。もちろんこのゲームにそんなファンキーな設定はない。単純に彼女が下手くそなだけだ。これはこれで新しい一面だ。


「あっ! 撃たれる! 撃たれちゃう!」


 目前に武装した集団が押し寄せてきている。味方と激しい銃撃戦を繰り広げているが、明らかに先方の戦力の方が高い。少し離れた所で構えていた志吹に今にも襲いかかかろうとしている。確かに絶対絶命だ。


「きゃー!」


 それに合わせて志吹が興奮、マウスを振り回している。


「志吹、ちょっと落ち着い――」


 そして次の瞬間、あまりの動きの激しさに、椅子が回転、それに合わせて志吹のバランスが崩れ――


「――あぶない!」


 椅子から転げ落ちそうになった志吹の腕をとり、そして肩に手を回したが――


「わっわっ!」


 ――ドシン!


 二人して椅子から転送した。


「つたたたた……」


 目の前に星が飛んでいた気がする。


「志吹、大丈夫……」


 そして目を開けると、天井が見えた。俺はどうやら仰向けで倒れているらしい。ということは志吹をなんとか庇うことに成功したみたいだ。そしてその志吹は……


「だ、大丈夫……」


 志吹の声が、俺の体の中から聞こえた――というのはさすがに錯覚だと首を起こして見下ろせば、志吹の顔があった。俺に覆いかぶさる形で、俺の胸に顔を埋めていたのだ。


「えっと……」


 志吹が俺を組み敷いている。そんな風にも見える。しかしその志吹の手首は俺が取っていて、その首には俺の腕が回されている。


「――――」


 志吹の紅潮した上目遣いが、俺をまっすぐに見つめている。

 お互いの呼吸音が、いや、心拍の鼓動すらはっきりと聞こえる程、俺達は密着していた。


 そして俺達に言葉はない。どうしてこうなってしまったのかはわからない。けれど、その状態を変えようとは二人ともしなかった。というか、できなかった。破裂しそうな程の緊張感の中に、なんとも言えない心地よさみたいなのがあって、その思考を奪っていく。


「心臓……すごい……聞こえる」


 志吹は再び俺の胸に耳を押し当て、瞳を閉じた。


「なんだか……私……」


 そう、志吹が言った瞬間だった。


「兄貴! 何かあったのか!!!」


 バァん!

 と音と同時に、妹が部屋に突入した。


「凄い音がきこえ……て……。――っ!?!?!」


 部屋の入り口で立ち尽くす妹。その前の前には、俺を組み敷く志吹の姿がある。


「兄貴……おい、兄貴」


 拳を握りしめて俯く妹から、暗黒のオーラが立ち上っている。


「は、はい、なんでしょうか」

「あたしがさっきなんて言ったか、覚えてるか。ええ?」

「ちょ、ちょっとまて! お前の言うようなことは俺は――」


 しかしその声は妹に届かなかった。


「変なことすんなって言っただろうがー!!!!」


 妹のフルスイングキックが俺のスネめがけて放たれた。


 その後、俺の絶叫が響きわたったのは、言うまでもない。

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