第48話

 二人に静寂が訪れる。


「二人とも仕事、かな」


 その突然変わった空気感に、俺もなんだか気まずくなった。


「え、えっと、他には……」


 急にあたりをキョロキョロする志吹。そうして目に入るのは部屋の内装だけということに後で気づいたのか、俺と視線が合う。戸惑いに濡れた瞳が泳いでいる。


 ――急に二人きりという事を意識したんだろうな――


 そう思うと、とても志吹らしいと思って、俺は逆に気持ちがほぐれていった。ここは安心させてあげるのが一番良いのだと思う。


「でも妹がいるよ。部屋にね」

「あ、ああ、そうなのね。妹さんがいるなら、……安心よね」


 と、胸をなでおろしている。


 ――安心。


 志吹の中では、俺との関係はつまり、そういうことなのだ。男女の関係ではない。

 だったら、友達として楽しまないと、損だ。


「ふふふ」


 そういって志吹が笑い出した。

 それは実に穏やかな笑顔だった。おそらくは、今まで俺に見せた中でも、一番の笑顔。


 それから俺達は、彼女が話したいと言っていた銃の談義で盛り上がった。


「――そういう事情から、排水性の良い設計にしているの。水はけの良い銃、というのは今まで無かったのよ」


「へえ、そうなんだ」


 話題は最近更新された自衛隊の小銃についてだった。


「これはつまり、この銃が上陸作戦、つまり水陸機動団の装備として最適化されているってことなの。日本には離島も多いから、そういった島を襲えば『絶対に奪い返してやるぞ』という強い政治的メッセージを含んでいると考えていいんじゃないかしら」


 難しい話が含まれているので解説すると、まず基本的に銃は水に浸かっても発砲できる。機関部に電子機器が含まれていないからだ。でもそれを繰り返しているとパーツが腐食したり、汚れの蓄積によって不具合を起こしたり、最悪は壊れたりする。生死をわけた重要な局面で信頼できない武器は作戦遂行に支障をきたす。そんな訳で、今回採用された銃は、海に囲まれ高温多湿な日本という国で運用するように、特別に水に強い設計にしているということだった。


「凄いわよね。銃を変えるだけで政治的メッセージになるなんて」

「確かにそうだよなぁ」


 俺はゲーマーだから、銃が出てくる作品には多く触れるが、そんな事は考えた事もなかった。俺が日頃考えているのは、どの銃が性能が良いか、とか、形がかっこいいと思うか、とか。そんなことだ。


 そういえば志吹は、銃の話をする時、どの国が使用しているとか、経緯とか、そういう情報も一緒に教えてくれる。もしかしたら彼女は世界史とか、そういうものが好きなのかも知れない。


 何より、話している姿を見るのが好きだった。学校では時が止まったように静かな彼女が、この話題の時だけはまるで少女のように目を輝かせているのだ。それはどこか保護欲を掻き立てられるのだ。俺にとっては、穏やかな時間なのだ。


「そういえばさ」


 彼女のトークが一通り落ち着いた所を見計らって、かねてから気になっていることを聞いてみた。


「志吹は、どうして銃を好きになったの?」

「ああ、それなのだけれど」


 志吹はそう言って、スマートフォンを取りだす。ゆったりとした操作で画面をスクロールし、そしてその画面を見せてきてくれた。


「おお、モデルガン?」


 写真には、銃を胸にかかえている幼い頃の志吹が写っている。隣の顔が見切れた長身の男は、お兄さんだろうか。


「これは私が幼い頃のもので、このモデルガンは兄の物なの。弾を撃つとパーツが動いたりして、とても良く作られたものだったわ」


 そういって銃を構えたふりをする。


「私がこういう機械に興味をもったのも、後になって考えればこれがきっかけだったのよ。家の工場にも、お菓子を作るための機械が沢山あったのだけれど、どれがどういう風に動いているとか、そういうのに昔はまるで興味をもてなかったのだけれど……知れば知るほど、それが凄い発明品だということがわかるようになって。その中でも銃は、電気を使わない工業製品にしては最高の発明だと私は思っているの」


 日頃から製造機械に触れる機会があった志吹だからこその理由だと思った。


 俺はといえば、何かそんなに深く考えたことは無かったようにおもう。いつも考えていたことは、いかに他人の迷惑にならないかということと、親の事業の成功。他はもっぱらゲームのことばかり。


 彼女が語る銃の世界は、彼女にとってはオタク的な知識の一つなのかも知れない。けれどそこには世界情勢だとか工業機会だとか、高尚な何かが含まれている。それは俺にはない部分だった。だからこそ俺も聞いていて面白いと思えるのが、その証拠でもあって、少し落ち込むところでもあった。


 それは、彼女の見ている世界と、俺の見ている世界の差を浮き彫りにするような感覚がある。


「ごめんなさい、話しすぎたわ」


 そういって彼女は俺を見つめた。俺の表情がそうさせたのだろう。


「いや、楽しかったよ。あー、それで思ったんだけど」


 俺はおもむろに立ち上がり、PCデスクの方へ向かった。


「そんな銃を、擬似的とは言え、撃てたら楽しいと思わない?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る