第47話
二階に戻ると、志吹はベッドの前の床にちょこんと座っていた。正座の姿勢から緊張感が伝わってくる。
「はは、まぁくつろいでよ」
俺は小さな机を移動し、志吹と俺の間にセット、そこにお茶を置いた。
「ありがとう」
出されたお茶を両手で
ブラウスとスカートという組み合わせは、制服のそれを同じはずなのに、しかし醸し出す雰囲気はまるで異なる。明らかに仕立てが良いし、まるで志吹の体に合わせて作られたかのようにピッタリとしている。これだけで、いつもより大人の雰囲気が出ている。
「男の人の部屋に入ったのって、初めてで」
お茶を飲み終えた志吹が、手のひらで顔を仰いでいる。
「緊張してる?」
「少し……」
紅潮した顔でこちらをチラ見してくる。本人は意識していないだろうが、上目遣いが中々の破壊力だ。
「まさか車で来るとは思わなかったよ。迎えが必要ないって、そういう意味だったんだ」
俺は緊張をほぐす意味もかねて、気になっている事を聞いてみた。まさかクラスメートが専用ドライバーを引き連れてやってくるなど、思いもしない。
「驚かせてごめんなさい。本当は歩くつもりだったのだけれど、三枝が送ると言って許してくれなくて」
それは三枝さんのファインプレーだ。この炎天下の中、あれだけの距離を歩いたら、汗やらなにやらでそのブラウスが気まずい感じになっていただろう。熱中症とかも怖いし。
「――あ、そういえば!」
そういって、思い出したようにビニール袋を手渡してくる。
「これ、うちで作っているお菓子なの。三枝が持っていきなさいと」
袋からは、丁寧な包装の紙箱が出てきた。銘菓と書かれている。
「これ、志吹の家で作ってるの?」
「そう。正確には、うちの工場が製造を請け負っているのよ」
志吹は丁寧に包装を剥がし、蓋を持ち上げと、中にはわらび餅が入っていた。
「おおお」
「一緒に食べましょう」
志吹が持って来てくれたわらび餅は、確かに美味しかった。持ってきた麦茶とこれがまた合う。わらび餅なんて滅多に食べないけれど、これなら毎日でも食べたい。そう思える素朴さがたまらない。
おいしいね、などの話が一通り落ち着いたあと、志吹は家の事を話してくれた。
「水谷家は代々、腕のいいお菓子職人で有名だったらしくて。ある時から請負業に切り替えてからは仕事も規模も増えて、創業100年を迎えているの」
「それは凄いね」
「今は祖父が工場長を、社長を父がやっていて。営業で出かけることが多くて。三枝さんは祖父の代からなの」
志吹曰く、水谷家の敷地は広く、その中に工場と水谷家の屋敷があるらしい。百姓の家というか、良く言えば趣がある木造構造の平屋は広いが、しかし親族は少なく、それでいて客人はそれなりに多いため、家政婦さんを雇い入れているとのことだ。
「歳の離れた兄がいるのだけれど、兄はもう工場で働いているから、あまり遊んだという記憶がなくて。母も仕事が忙しかったし、遊び相手はいつも家政婦さんだった」
中学に入ると、勉強や習い事などで忙しくなり、あまり同年代の子と遊んだりもできなかったらしい。
「だから、少し遠い高校を選んだのよ。普通の共学に行けば、友達も沢山できるかと思った。そう思ったのだけれど……」
しかし彼女の目論見は外れる。入学して数ヶ月後には、氷の女と呼ばれていたらしい。
「別に隠している訳ではないの。ただ話す相手もいなかったし、親の仕事のことなんて特に聞かれることも無かったから。私は仕事に関わっていないし、実際に私が自由に使えるお金があるわけじゃないもの。どれくらい儲かっているかなんて、私には関係がないことだもの」
そうこう話しているうちに、いつの間にかわらび餅が最後の一つになっていた。
それに爪楊枝を刺した志吹は、それに手を添えて、俺の口の所まで持ってきて――
「はい」
と言って首を傾げた。
――これって、『あーん』では――
それがあまりに自然な動きで、しかも彼女も恥ずかしっている様子はない。俺は逡巡のあと、それを頂くことにした。その最後の一口は格別の味だったのは、いうまでもない。
志吹はそんな俺に目もくれず、手際よく箱を解体して小さく畳んでいる。
「もう一つ持ってきているから、ご家族に」
と、そこまで言ってから、志吹の動きがピクッと止まる。
「そういえば――ご両親は?」
二人に静寂が訪れる。
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