第45話
翌日。
「おはよう」
身支度を整え、コーヒーを飲んでリラックスしている所に、妹が起きてきた。しかし妹は、そんな朝の最低限のコミュニケーションでさえ応じようとしない。
昨晩から、ずっとこの調子だ。俺の問いかけは基本無視、試しにメッセージを送って見れば「きもい」とだけ返ってきた。どうやら俺は何か嫌われることをしたらしい。
『なんでもない、気にしないで』
妹の態度を見ていると、昨日の衣央璃の様子が気になった。俺のせいで何か揉めたということだが、皆目見当がつかなかった。まさか俺の部屋に二人して侵入し、アレなものなどを物色していたのでは、と少し思ったが、ブツが発見された様子はない。衣央璃の様子からも、何かスケベな物を見てしまったとかそういうことではないらしかった。
――なかなかうまくいかないな。
少し前は、俺が怒っていて彼女を困らせていたのを思い出す。怒っている理由を言わないというのは、ある意味で一番相手に自分の感情を伝えやすいのかも知れない。
――とはいえ、である。
「……てかお前さ」
俺は不機嫌そうにお茶を飲む妹を睨んで言った。
「別にシカトだろうがなんだろうが構わないけど、これだけははっきり言っとくぞ」
妹は少し押されたような表情をしたが、
「……なに」
とコップを口につけたまま返事をした。
「今日は俺の客が家に来るからな。ちなみに、予定時間はもうすぐだ」
俺は凄みを持って言った。
しかし妹は眉一つ動かさず、
「だから?」
と言ってから、コップを叩きつけるようにテーブルに置き、
「出てくんなって言ってんの?」
そして座った目で睨み返してきた。
「いや……そこまでは言ってない」
「はぁ? 意味わかんね」
そういうと妹は「私不機嫌です」というアピールを足音に込めながらリビングの扉に手をかけ、
「邪魔なんかしねーよ、バーカ!」
と言って扉を強く締めて言った。
「……なんなんだよ。まったく」
俺は怪獣が上がっていくような音を聞きながら、思春期の大変さを実感していた。
それから少しして、携帯が鳴った。
「もしもし。才賀?」
声の主は水谷志吹だ。
「うん。着いた?」
「間もなく着く予定。間違えたら嫌だから、家の前まで出てきてくれないかしら」
いつになく丁寧でしっかりした声で話す彼女。若干氷の女モードに入っている気がするが、緊張しているのかも知れない。
「オッケー、じゃあ、今でるから」
――志吹は緊張しいだからな。
電話を切ると、腰を上げながらそんな事を考えつつ、玄関をあける。
――すると、一台の車が家の目の前に滑り込んできた。
「え?」
黒塗りのセダン。
見るからに高級車が、俺の家の前に止まった。
そして、運転席から男が降りてくる。
白髪まじりの髪をなで上げ、仕立ての良い服に身を包んだ、姿勢の良い御仁。
その男が流れるように後部座席を開けると、細くて白い足が地面に降ろされた。
「才賀」
純白の半袖ブラウスに、ネイビーのプリーツスカートを着た女。
――それは水谷志吹だった。
「おまたせ」
呆けている俺を、志吹は柔らかい笑顔で見上げている。
その彼女に先程の男性が何かが入った袋を手渡すと、
「ありがとう、
そう志吹が告げ、三枝と呼ばれた男は美しい会釈をし、車と共に去っていった。
「暑いわね」
志吹がそう言って、玄関前の階段を上がってくる。
「え、え?」
今のはタクシー?
……という感じはしなかった。というか、高校生がタクシーに乗るだなんて贅沢は、果たしてそもそも許されるのか?
「今のは……」
となると、答えは一つしかない。
「三枝さん。うちで働いているドライバーさんなの」
それを、彼女は当たり前かのように言ったのだ。
「えっと、うちで働いているって」
俺の動揺が理解できないらしく、彼女は人形のように整った顔のまま、首を傾げた。
「そのままの意味だけれど……」
やはり、間違いない。
「つまり、志吹の家は、運転手を雇っているということ?」
「そう、だけど……?」
この瞬間、俺の中での色々な合点が行く。
――彼女の浮世離れ感。人形のような存在感。周囲の人間との、ちょっとしたズレのようなもの。
つまり、それが答えなのだ。
「何か、まずかったかしら……?」
不安そうに目を泳がせる彼女。
水谷志吹は、箱入り娘だった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます