第44話
「待って、今行く」
玄関を開けると、すいかをぶら下げた衣央璃が待っていた。ラフなグレーのワンピースにサンダルをつっかけている。
「お母さんがこれ、持ってけって」
そういって「はい」と衣央璃の頭部ほどの小ぶりなすいかを俺の胸元に渡してくる。ちょうどその背景に、衣央璃の胸元が映し出され、俺はごまかすように衣央璃の顔を見た。
「いつも悪いな」
「いいのいいの、それも貰ったやつだから」
衣央璃は後ろで手を組んで、首を振った。
「今度は何で?」
「駅前の八百屋さん。すいか買ったのに、すいか当たっちゃったんだって」
「……留まることを知らないな」
梨花さんはどういう訳かクジ運が高く、福引やら懸賞などを高確率で当てるのだ。それ以外にも何やら色々頂いて来たりして、そのお裾分けがこうして届けられるのだ。
「私が引いてもそんなに当たらないんだけどね」
「梨花さんが異常なんだよ、明らかに」
「ね。娘にも遺伝してくれればよかったのに」
まったくだ。
「じゃあ、私帰るね」
そういって玄関を押して、衣央璃が振り返った時だった。
「あー、衣央ちゃんだー」
シャワーから出てきた妹が、髪の毛をタオルで拭きながら出てきた。
「
衣央璃が手を振ると、妹が軽やかに走りより、衣央璃と謎のハイタッチをしている。素肌にキャミソールと部屋着ショーパンという妹の出で立ちが兄として気にならなくもないのだが、本人たちが気にしていないようなので放っておく。
「どうしたの?」
「すいか持ってきてくれたんだよ」
「えー本当にー!? ありがとうー!! ……って何帰そうとしてんだ、この・ば・か!」
と急に笑顔から野獣へとその表情を変えた妹が、俺の尻にミドルキックを決めた。
「痛ってぇよ」
「このクソ暑い中持ってきてくれたんだから
「え、でも……」
「いーからいーから!」
そうして衣央璃は妹によってリビングに引きずられていった。俺は渋々と脱ぎ落とされた衣央璃のサンダルを整えてからリビングに戻った。
「……べちゃおうよー。えーっと、普通に包丁で切れるんだっけ」
「んー、でも冷やさないとあんまり美味しくないと思うよ?」
「ええーっ? じゃあ今食べられないじゃん!」
リビングに入れば、キッチンで二人がなにかやっていた。どうやら愚妹が持ち込まれたすいかを今すぐ食べたいとか言っているようだった。
「冷やして夜食べてね。その方が絶対おいしいから」
「うう……。でも衣央ちゃんがそういうならそうするー」
「あはは、えらいえらい」
妹はそうやって衣央璃の胸元に顔を埋め、シタリ顔でこちらに視線を送ってくる。――なんとなく、腹が立つ。
なんでかしらないが、妹は衣央璃に異常に懐いているのだ。三人がならべば、俺よりも衣央璃との方が本当の兄妹っぽく見えるのではないだろうか。この場合は姉妹と言うべきなのだろうけれど。
「あ、そうだ! ねぇ、お部屋遊び来てよ!」
何かを思い出したように、妹が衣央璃の手をぶんぶんと振り回しながら言う。
「いまから?」
「そう! 相談とかしたいし」
そういってやはり半ば無理やりに衣央璃を連れ回している。
「なに、琴音ちゃん、悩みとかあるの?」
引っ張られながら心配そうな顔になる衣央璃。
――ふふ、甘いな衣央璃。万年能天気愚妹に悩みなどある理由も無かろう。
「『恋』、とか!」
「ぶふー!!」
俺は思わず吹き出した。何も口に含んでないのに吹き出した。
「は? 何あの人」
「いや、お前、恋とかいうから」
兄から見れば、恋なんてワードは妹に最も似合わない類のワードだ。そんな事に悩む前に、その身だしなみを気にする所から始めたほうが良いだろう。
「クソ兄貴過ぎるんだが。あ、そーだ。笑ったバツとして、アイス買ってきて、アイス」
「はぁあ? なんで」
「もてなす物がないからに決まってんでしょ! ナウ、ナウ!」
そういって、まるで野良犬でも追い払うようにして、衣央璃を無理やり連れて行く。
「才賀」
引っ張られていく衣央璃が、こちらに申し訳無さそうな顔をしている。
だけれど、妹の遊び相手になってくれると言うのだから、まぁ仕方ない。ここはお礼もかねて、パシられてやろう。
「あたし、すいかバーがいい!」
階段の上から妹のイラつくお願いが聞こえてくる。
「私じゃいあんとこーん!」
……ちゃっかり頼んでくる所が、実に衣央璃らしかった。
◇
チャリで飛ばして目当てのアイスを購入し、家の玄関を開けると、衣央璃が慌てた顔をして階段を降りてきていた。
「あれ、どうした」
「あ、才賀」
気まずそうな顔を向けたが、しかし足を緩めず、俺が靴を脱いで玄関に上がったのと入れ替わるようにして、衣央璃がサンダルをつっかけていく。
「アイス、買ってきたぞ?」
玄関に手を伸ばした衣央璃に声をかけるが、
「ごめん、また、今度!」
と言ってそのまま玄関を開けて出ていってしまった。
「衣央ちゃん!」
その玄関が閉まり切る前に、妹が階段を降りてきて、消えゆくその背中に手を伸ばしていた。
「あちゃー、やっちまったーぁぁぁ……」
しゃがみこんで髪を掻きむしる妹の頭に、アイスが入ったビニール袋を乗っける。
「……喧嘩でもしたのか?」
すると、妹はビニール袋を力づくでむしり取り、
「あんたのせいでしょーが! ばーか!」
と言ってリビングの扉を強く締めた。
「……俺のアイスもあるんだけど」
なんで俺が怒られなければならないのだろう。
その晩、衣央璃にメッセージを送ったが、「なんでもない、気にしないで」としか返ってこなかった。
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