第43話

「――え?」


 それは普段の俺なら絶対に口にしないような言葉だったと思う。だけれどそれは、気がついた時には口から放たれていたんだ。


「――いいの?」


 ここまできたら、後には引けない。


「そこなら、面倒なことにはならないだろうから」


 俺は急に気恥ずかしくなった。家に誘うということが世間のカップルにとってどういうことか、後になって意識してしまった。

 とはいえ、今更ながら浮足立つと、かえって下心がありありのように見えてしまうかも知れない。

 そう思って、俺は平然と、それらしい事を言ったんだ。


「そうね。――それじゃあ、お邪魔します」


 彼女は嬉しそうに言った。


「おっけ。ついでに、僕が普段やってるゲームとか、見せるよ」

「本当?」

「うん。色々な種類の銃が出てくるし、撃つとスッキリするよ」

「それは楽しみだわ」


 電話を終えて、再びエアコンの効いたリビングのソファにダイブする。妹はすれ違うようにして風呂場へ消えていった。やましいことがある訳じゃないが、その姿を確認してから、俺は再びメッセージ画面を開いた。


 『駅まで迎えにいく』と言ったら、『それも目立つから』ということで住所を教えた。彼女が個人情報を悪用するとは思えなかったし、たしかに駅で誰かに会ったりしたら、もと木阿弥もくあみだ。


「……とはいえ、うーん」


 しかし、家に招待するのに、待ち続けるというのも気が引ける。

 なにより、


「歩く、のか?」


 地元の高校を受験した俺は、徒歩で通学している。学校までは陰キャの速歩はやあるきで十五分ほど、ゆっくり歩けば二十分という距離。そして俺の家と学校を直線で結んだ延長線上に、主要駅がある。駅は学校から徒歩五分と近いが、その合計時間は俺の足で二十分、女子なら三十分近くかかる距離ということになる。真夏の炎天下、それだけの距離を歩かせるというのもどうなのかと思う。


「体力無さそうだし」


 彼女の体育の成績は知らないし、特段運動オンチということはないだろうが、それにしても機敏で活発で頑丈という印象は全くない。氷の女という呼び名は、むしろ真逆のイメージだ。


「まぁ、考えても仕方ないか」


 彼女が自力で来ると言っているのだ。あまり過干渉しても、気持ち悪がられるかも知れない。ここは素直に任せた方が良いと思った。嫌われたくはないし。



 そんなことを考えていた時だった。チャイムが鳴った。


「誰用だよ」


 日中に両親がいるわけはなく、俺に客が来るわけもない。ついで、俺はネットで頼み物もしていなかったので、高確率で妹の客だった訳なのだが、今しがた風呂に行ったのをすぐに思いついた。元から鈍っている体に鞭をうって立ち上がる。


「はー、どっこいしょ。この暑い中ご苦労なこって」


 そんな無意味なジジくさいセリフを吐きながらインターフォンに返答する。


「はい、どちら様?」

「あ、才賀?」


 と即座に返答があった。


「――衣央璃か?」


 するとインターフォンに映し出された玄関画像に、ひょいと覗き込んだ衣央璃が映し出された。


「すいか、持ってきたよ」


 幼馴染は、顔の横にすいかを並べて笑った。

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