第42話

 その返答は、志吹の印象とはちょっと違った。


 ――なにかあったのかな。


 俺は「もちろんだよ」と返答すると、数秒と待たずに電話がなった。


「もしもし」


 電話に出るも、すぐに相手からの返答はない。向こう側の空気が、受話器と通して伝わって来る。


「……志吹?」

「………」


 しかし聞こえてくるのは、彼女の声にならない、呼吸音だった。大丈夫、と口にする直前、その声は届けられた。


「……もしもし。げ、元気?」

「元気だよ。志吹は、元気なの?」

「うん、元気、元気……」


 そして、すぅーはぁーと息を吸う音が聞こえる。


「どうした?」

「なんか、声聞いたら、急に、緊張しちゃって……」


 そうして受話器の向こう側で深呼吸を数回していた。


「なにかあったのかと思ったよ」

「ごめんなさい。いや、最初に言うことは決めていたのだけれど、なんか言えなくなってしまって」

「言いたい事?」

「そう」


 受話器の向こう側で飲み物を飲み込む音と、コップを置く音が聞こえた。そして、


「連絡、くれないかと思った」


 その言葉は、志吹にしては強めの言葉だった。


「私から連絡したら、迷惑なんじゃないかとか、色々考えてしまったわ」


 そして急に落ち込む。


 ――なんだ。志吹も同じだったんだ。


「ごめん。僕もなんて連絡していいか、わからなくて。――緊張しちゃってた」


 そういうと、二人に暫くの沈黙が流れ、それはやがて笑いになった。


 俺達はそのまま話し込んだ。それはどれもがくだらない、近況報告で、宿題はやったかとか、家族はどんな感じか、とか。あとは彼女が最近注目している銃の話とか。


 そうこうしていると、いつの間にかリビングに戻ってきた妹が、おぞましいものでも見るかのような目線で見下していた。


「――そうそう、それで今回の新型はね――」

「ああ、ねえその話なんだけど――」


 俺は会話を遮り、受話器口を押さえながらリビングを抜けていく。


「どうしたの?」

「いや、我が家の破壊神が殺意の波動を向けていたもので」

「……破壊神? 殺意のはどう?」

「ああ、いや、細かい意味は気にしなくていいよ。――そうだ、どっかで会わない? 話しの続きでも」


 俺は妹の痛い視線から逃れながら、そのアイディアを告げた。そう、話題があるなら、それだけで会う理由になるじゃないか。


「いいわね、……と言いたいところなのだけれど、ごめんなさい、今日の午後は予定があって……」


 そう申し訳無さそうに言う彼女。俺としては本日に拘っていた訳じゃないので、そのスピード感にちょっとびっくりした。


「だから、明日はどうかしら? 才賀の都合が良ければ」


 よほど寂しかったのだろうな、と思った。妹の言う通り、相手もそう思っているかも知れないというのは、うぬぼれでも何でもないのかも知れない。それはきっと誰もが思う気持ちなんだ。


「そうだね、そうしよう」

「ああーでも」


 彼女は思い立ったように言う。


「お話するっていうのに、ずっとカフェというのも……。周りの目も気になるし」

「ああー……確かに」


 そうしてちょっと恥ずかしい思いをしながら、しかも綺咲に見つかったのだった。このシーズンは外に出歩いている学校の生徒も多いだろう。見つけた相手が綺咲のようにいいヤツとは限らない。


 ――長時間話していても、怪しまれない場所。見つからない場所。

 ――さらに、より趣味の談義に華を咲かせられる場所があるとしたら。


 その条件に、思い当たる場所があった。



「……うち、来る?」

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