2-4 僕らの夏は、なにかを残していったんだ
第41話
夏休みに入れば、充実した休日が待っているかと言えば、そうではない。
これから続くロングバケーションに胸踊らせるのも最初だけ、蓋を開けてしまえば毎週のように訪れていた土日と変わらぬ休日がただ延々と続くだけだという現実を突きつけられる。
要するに、暇になるのだ。精神的に。
ずっとゲームばっかりしていられる毎日に憧れる学校生活であったが、しかし実際にそれが可能となってしまうと、二日で飽きる。バイトもしていない俺にとって、向こう一ヶ月近くカレンダーが真っ白な状態が続いている訳なのである。それは砂漠を歩き続ける苦行と何が違うというのだろうか。
「とはいえなぁ」
夏休みの目玉である「海イベント」を初日で攻略してしまったのが悔やまれる。
「痛っッ」
退屈だとソファに横になれば、日焼け後が染みる。それがまた集中力を削ぎ、微妙にイラッとさせるせいで、何も捗らない。
「なんて連絡しよう」
俺はスマホをぼんやりと眺めていた。画面にはあのアプリのメッセージメニューが映し出されている。相手の名前はIvuki。あの時と変わらない志吹のアイコンだった。
夏休みに遊びたいね、なんて話をしていた訳だけれども、何をするのかまで決めていなかったのが仇となった。全く誘う文句が思いつかない。
「うがぁあ」
自身の不甲斐なさを嘆くしか無かった。
「うわぁ、うっざ」
ソファに突っ伏しバタ足をする俺の後頭部から、不快なセリフが届けられた。振り返れば、髪の毛を爆発させた妹があくびをしながら冷蔵庫に向かっていった。寝間着代わりのロンTの丈が非常に際どい所で終わっており、いわゆる「履いてない」が発生しているし、細く汚れのない生足を惜しげもなく披露している訳だけれど……どうしてかまったく嬉しくなかった。やはり妹は女ではないのだ
「お前、今起きたのか?」
時刻はすでに十一時を回っている。
「んあー、ねみぃー。――そ、昨晩はレイドだったのだよ」
とコップいっぱいのお茶をがぶ飲みしながらサムズアップしてくる。今度はパンツが見えてしまった。なんて残念なんだろう。
ちなみにレイドというのは、オンラインゲームなどでみんなが集って攻略する事を言う。レイドボス、と言えば、とても一人では太刀打ちできない強力なボスを集団で協力して打ち倒す事を目的としている。大人数が同時に集まる機会は多くないため、最後まで突っ走ると言わんばかりに長時間プレイに及ぶことがままある。妹はそれで夜ふかしをした、という事なのだろう。
「戦果は?」
「上々」
と聞いても、俺はそのゲームをやっていないからわからないのだけれど。
「友達と遊んだりとか、ないの?」
と俺が聞けば、
「あ? ありますけど? あるけど毎日なワケなくね? ていうか、明らかに暇そうなクソザコナメクジ兄貴に言われたくないんですけど」
と、不快そうな顔を遠慮なく向けてきた。
「……そこまで言うことないだろ。悪かったよ」
妹は攻撃力が高いのだった。この場合は、口撃力と言った方が良さそうだけれど。
「気にせず誘えばいいんじゃん?」
ため息の後、妹がふいに言う。
「誘うって、結構勇気いるけどさ、でも誘われたら、普通断らなくない? 友達とかでも、嬉しいし。相手もそう思ってんじゃん? って考えれば、誘わないのも申し訳ないっていうか」
そういって首筋を触りながら、唇を尖らせている。
「――お前に励まされてしまった」
「はぁ? やっぱ、うっぜ」
そう言って妹は苛立ちを足音に乗せ、ついでに俺が寝転ぶソファを一発蹴り飛ばし、
「そこで腐ってろ」
と暴言を吐いて二階に上がっていった。
とは言え、妹の珍しいデレを台無しにするほど、野暮な男ではない。勢いとばかりに、俺は志吹に早速メッセージを送ることにした。
『いかがお過ごしですか』
送った内容が色々おかしいことは自覚していた。
でも最初から遊びに誘いに行くだけの勇気が、そしてコミュ力が俺にあったのなら、こんな陰キャ生活は送っていない。
ふと、綺咲の顔が頭に浮かぶ。
彼女の明るさが、対人スキルの高さが、もし彼女の努力あってのものなら。凄い、とか、そういう言葉でカテゴライズするのはなんだか失礼に思うようになった。
――俺も少しは頑張らないとな――
そう意気込んで、二の句を入力しようとした所に、新着メッセージが表示された。
『今電話していい?』
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