第40話

「志吹、お疲れ様。どう?」


 うげーという表情の志吹が、俺の隣に座る。小さいレジャーシートに腰を寄せあえば、自ずと二人の距離は近い。


「みんなの体力が凄いわ。私とは別の生き物なんじゃないかしらと思うくらい」

「それは大げさな」


 膝を折って体育座りした志吹は、はしゃぎまわる彼らを、眩しそうに見つめている。その横顔は、透き通るような透明感があって、やっぱり、とても綺麗だったんだ。


「疲れた?」

「ええ、少しだけ」

「気疲れも大きいんじゃない?」

「そうね。でも、それは少し慣れたわ。みんな、良い人で」


 学校では誰とも口をきかない、孤高の美少女。それがこうして、友達と海で過ごしているのだ。


「凄いわ。口下手な私に、優しく接してくれる。寺坂さんは明るくて、高橋さんはキラキラしてて、唯月さんは包容力があって。佐伯さんは思いやりがあって、三田さんははっきりしてて。みんな、私にないものを持ってる」


 ――名前、全部覚えたんだな――


 名前を覚えるのが苦手だと言っていた志吹。本人は努力しているのだ。


 そして、みんなも水谷志吹を受け入れている。彼女が楽しめるように、自分たちが楽しもうとしている。


「みんな、素敵よ」


 そんな彼女らの心に振れたからこその、言葉なのだろう。


「……その割りには、テンション低いね?」

「その、なんていうのかしら」


 そういうと志吹はしばらくの沈黙の後、大きなため息をついてから、言った。


「私って、駄目だなぁって……」


 水谷志吹は、落ち込んでいた。


「みんながせっかくお話を振ってくれるのに、うまく答えられなくて」

「気にしなくていいんじゃない? 慣れの問題だよ、多分。まぁ、僕も人の事、言えたものじゃないけど」

「いいえ、才賀は凄いわ」


 急にキリッとした志吹が俺を見つめる。


「だって、溶け合ってるもの。なんか、私だけ、別の世界にいるみたいだわ」


 と、何時になく暗い。


 まぁ確かに、陰キャの俺から見ても、彼らの明るさは眩しい。盛り上げる時に盛り上げ、自分もその空気になれるというのは、簡単そうに見えて、とても難しいことだと思う。そうできない人からすれば、それは嫌悪であり、羨望なのだ。陰キャと陽キャの境界線を作っているのは、むしろ陰キャ自身かも知れない。


「おかしいわ。貴方とだったら、こんなに自然に話せるのに」


 志吹はそういって、うーんと考え込んでいる。その言葉が、相手に期待をもたせるということには、気がついていないのだろう。


「いや、それを言えば、僕との時も最初はガチガチだったよね」

「……そういえばそうだったわ。はぁあああ……」

「落ち込む所じゃないって。つまり、慣れれば、僕とみたいに話せるようになるよ」


 そして陰キャあるあるなのが、打たれ弱さだ。


「それには、時間がかかりそうだわ」

「時間をかければいいんだよ。僕も協力するし」

「本当?」

「本当本当」


 俺がそういうと、しかし彼女は寂しそうに笑った。


「でも、今日が終わったら、またみんなとしばらく会えなくなっちゃう」


 俺はその言葉に、正直とても驚いた。

 それは、志吹が彼らを好きになってくれた証拠だと思うから。


 志吹は変わろうとしている。


 ――いや、本当はずっと寂しかったのかも知れない。


「また遊ぼうよ。企画もしよう。それが叶わなくても、僕は志吹と遊びたいよ」


 それを言った時の、志吹の瞳が、とても綺麗だった。

 その顔が赤らんでいたことに、きっと二人とも気づいてなかったんだろう。


「それよりも、今を無駄にしないように、楽しまなくちゃ」

「……そうね」


 志吹は、この日一番の笑顔で、俺に言った。


「ありがとう。才賀」

「どういたしまして」


 夏休みはまだ始まったばかりだ。

 俺と志吹は、こうして夏休みに二人で遊ぶことを、約束したんだ。


 でもこの約束が、俺達の関係を大きく変えることになるなんて、その時は思いもしなかったんだ。

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