第39話
俺の好きな歌に、「まるで水着を濡らさないようにしているみたい」という一節がある。
海水浴にいって、水着を着て。もうそこですることなんて、決まっている。泳ぐ意外の選択肢なんてないはずなのに。確かに想像する恋人達は、そうなのだ。
「そりゃー!」
そして、それは俺達も同じだった。
「はい、衣央璃、アウトー!」
最初は波打ち際で足先を水に浸からせていた俺達だったが、鏡介がビーチバレーボールを借りてきたことで、なぜかドッジボールが始まってしまった。ネットがないとやはりバレーボールは盛り上がらないのだ。
ちなみに最初にその流れを作ったのは鏡介で、トスの不格好さをイジってきた真帆に対して投げつけたボールが彼女の小ぶりな尻にメガヒットして、派手にすっ転んだをきっかけに文字通り泥仕合が始まってしまった。修学旅行の枕投げみたいだと思った。体験したことないけど。
鏡介チーム(明美、衣央璃、佐伯さん)と才賀チーム(真帆、綺咲、水谷)で戦っているのだが、
「綺咲とれなーい☆」
と綺咲が無意味なぶりっ子ムーブを発動、志吹は早々にアウトとなり、実質俺と真帆のペアみたいなもんだった。だが……
「ちょっ、あっち強すぎない!?」
明美の運動神経が凄い。容赦のないボールを、悪そうな顔で投げつけてくるのだ。こちらが投げたボールは簡単に取られ、再び剛速球として返ってくる。この環境で回避し続けている綺咲も実は運動神経が良いのでないだろうか。本人に真面目にやる気はないだろうけれど。
そうこうしているうちに、俺は砂に足を取られ、盛大にすっ転ぶ。目前にはチャンスとばかりに目を輝かせた明美がいた。
「わ、ちょっ、たんま!!!!」
「スポーツに待ったはないわー!!!」
その豪速球は、俺の顔面にジャストミートした。
◇
「大丈夫?」
パラソルの下、仰向けで横たわる俺に、衣央璃が顔を覗き込んでいる。鼻にはティッシュの塊が詰められている。詰めたのは衣央璃だ。つまるところ、鼻血ブーである。
「んあー、なんとか。鉄の味する」
「あはは、見事な顔面ボレーだったもんね」
――ああ、俺、ダッセーぇ……
「ごめん!」
側で立膝をついて心配そうに見守っていた明美が、両手をあわせて頭を下げていた。
「いや、いいよ、わざとじゃないんだろうし」
俺が手を挙げて左右に振ると、明美はバツが悪そうに顔を
「まぁ、狙ったのは狙ったんだけど……」
「狙ったんかい」
「まさかあんなにいい感じにあたっちゃうとは思わなくて――本当、ごめん!」
「オッケーオッケー、大丈夫」
遊んでいた中の事故なので、あんまり真剣に謝られると返ってこちらが気まずかった。
「まぁ男の子だから、大丈夫だよね?」
とまるで歳の離れた姉のような態度で接してくる衣央璃。俺もそれに合わせて首を立てに振る。
「じゃあ、あたしお水買ってくる。明美、よろしくね」
そう言って衣央璃がお財布片手で離れていく。
「他のみんなは?」
周囲を見渡しても、見当たらない。
「ああ、それはあっち」
明美が指差したのは海岸線だ。体を起こし目線を送れば、人混みの中にその姿はあった。波打ち際で水をかけあって遊んでいる。鏡介の楽しそうな動きが、見ていてコチラも気分が良い。
気がつけば、明美と二人だ。
「ごめん」
ふと、明美が言う。
「いや、大丈夫だよ。そもそも僕が転んだのが――」
「――そうじゃなくて!」
正座した明美が、膝の上で拳を強く握りしめている。
――これはきっと、あの時のことだろうと、俺は思った。
「あたし、ちょっとイライラしてたんだ。部活辞めて、夢中になれるものがなくて、彼氏にも振られて。だから友達と遊ぶしかなくて。だけど、衣央璃は有坂とばっか帰って……。それで、なんていうか……。……有坂のこと、よく知りもしないのに」
明美は怪我で部活を辞めたと言った。おそらく、事実上、引退するしかなかったのだろう。ずっと続けてきたものが突然無くなった。隙間を埋めてくれるものが友達しか無かったのであれば、それはきっと寂しいことだったに違いない。
なんとなく。気持ちはわかる気がするのだ。
「そのことなら僕は気にしてないよ。色々言われること自体には、慣れてたし。だからあの時も、いつものことだろうって」
「でも――」
「それより」
俺は売場に並ぶ衣央璃を見た。
「衣央璃と、これからも仲良くしてやってよ。あれでいて、結構寂しがり屋なんだ。泣き虫だしね」
最近泣かせたのは、俺のせいだったけど。
「友達と気まずいってのは、結構、つらい事だと思うんだよ。だから」
その言葉に、明美の目元が滲む。
「アイスが食べたい」
俺のその言葉に、面食らったような顔をする明美に、俺は最大限の優しさを込めて言った。
「――僕がそう言ってたって、衣央璃に伝えてきてくれるかな? ちなみに僕はアイスキャンデー派」
「――うん!」
明美はそう言うと、元気に駆け出していった。
――なんだ。真帆の言う通り、いい子なんじゃないか――
できればずっと、友達でいてやって欲しい。そんな事を俺は考えていた。
すると、げんなりした顔の志吹がこちらにとぼとぼと歩いてきたのが見えた。
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