第38話

 俺がそういうと、真帆は海の家の方面を指差した。


「あっちでバトル中」

「バトル!?」


 残るメンバーと言えば、志吹しぶき衣央璃いおる綺咲きさきの三人だ。三人は俺とは個々に交流があっても、それぞれは交流が希薄なはずだった。あの三人を同じ空間に閉じ込めたら――


「――止めないと!」


 と俺が言ったのと、それは殆ど同じだった。


「あ、終わったみたいだよ」


 真帆の声に振り向けば、三人がこちらに向かって歩いていた。

 ……が、様子がおかしい。


「何してるんだろう」


 一番先頭にいるのは綺咲だ。その綺咲に手を引っ張られているのは志吹で、その志吹は、衣央璃に背中を押されている。


「どうやら、勝ったのは綺咲ちゃんみたいねー」


 と真帆がこぼす。


 ――勝った? 一体何に?


「お待たせーっ! みんなー」


 そう言って、先頭の綺咲が手をふる。その綺咲の格好に、俺は思わず息を飲んだ。


 金属のリングがあしらわれた黒いビキニに、腰にはモノトーンのパレオがかっこよく巻かれている。さげたサングラスと帽子が決まっており、まるでセレブモデルの休日のようだ。


「おおー、綺咲ちゃん、かっけー!」


 そう第一声に褒めたのは真帆だった。周囲の男達も振り返っている。高校生が出す色気とは思えない身のこなしもまた綺咲らしい。身長たっぱがあるせいもあるが、やはり彼女は目立つのだ。


「ありがとー。あんたも似合ってるよぉ、真帆」

「きぃ! 綺咲ちゃんに言われても嬉しくない!」

「はは、なんでよー☆」


 と、綺咲は相変わらずの調子だ。


「それより、衣央璃ちゃんの方が、ヤヴァイよ~?」


 綺咲がそういって「じゃ~ん!」とわざとらしく振ると、衣央璃は恥ずかしがっていた。

 白を基調としたリゾート柄のワンピースタイプの水着は、きゅっと絞られたウエストによって、ちょっと贅沢な胸元が強調されているようにも見える。谷間が目立たないよう工夫されたとても女の子らしいデザインで、衣央璃によく似合っている。


 衣央璃って、結構胸があったんだな……。

 いつの間にか、ちゃんと女になってたんだな……。


 ――いかんいかん。余計なことを考えると、反応してしまう。

 ――何がとは言わないが。


 そんな恥ずかしがっている衣央璃に、綺咲はなにかを耳打ちして、さらに恥ずかしがらせている。

 綺咲はやはり、人と仲良くなるのが上手いのだと思う。人心の掌握が上手いというか、人の心に入り込むのが上手いというか。そういう所はやっぱり、素直に凄いと思う。


「あれ? 志吹ちゃんは?」


 ふと、綺咲が言った。

 そうこうしている間に、志吹の姿が見あたらなくなっている。


「明美隊員!」


 その瞬間、真帆が叫ぶと、


「はいはい、連行~」


 と、いつのまにか明美が志吹の背中を押してきていた。


「もーう、志吹ちゃん、往生際悪すぎぃ」


 その志吹の手を綺咲が引いて、みんなの前に引っ張りだした。


「はぁい! これが綺咲プロデュースの志吹ちゃんでーす☆」


 そうして、志吹の水着姿が飛び込んできた。


「「かわいいー!!!」」


 真帆と佐伯さんの声がハモる。


 コバルトブルーのホルターネックビキニが、白い肌を引き立てている。首元が大きく空いた大きめTシャツを腰元で縛り、黒くてつややかな髪をサイドで纏めてポニーにしている。恥ずかしいのか、指をずっともじもじさせているのだが――


 ――控えめに言って、超かわいい。


「うわー! お人形さんみたい! 肌キレー!」

「同じ女とは思えないな……」

「ほら、私達屋外スポーツ部員は仕方ないよ……」 


 そのもじもじしている志吹の周りで、真帆が目を輝かせ、明美が落胆し、それを佐伯さんがフォローしていた。


「よかったね。水谷さん」


 そんな志吹に、衣央璃が優しく声をかけている。


「もぉー、『やっぱり服脱がない』とか言い出して、大変だったんだからぁ~。説得するだけでも一苦労だったよー。だったら露出控えめなワンピースタイプとかにすればよかったのにぃ、ねぇ?」


 と綺咲が言うと、女子達が一斉に笑い出した。どうやら、一緒に着替えに入った時から、それは始まっていたらしい。


 バトルとは、志吹の「やっぱり水着は恥ずかしい」駄々っ子をなんとかする戦いだったようだ。


「だから、あたしが来てたTシャツをアレンジして着せてみました☆ あ、ちなみに髪もあたしでーす。どーよ、才賀クン的には」


 と、急に俺に振る綺咲。


 ――どうして俺に振るんだよ――


 という俺の目線は、綺咲の挑発的な笑顔と目線の前に、黙殺された。


「かわいいと思うよ」


 俺がそう言うと、鏡介も一歩前に出て賛同してくれた。


「すごいいい感じじゃん! やっぱり美人は何着ても似合うんだなー」

「……ちょっと鏡介君、彼女の前で他の女の子褒めるってどうなのかなー」

「ちょ! 紗名、今のはそういう流れだろ!?」


 いつの間にか、志吹の周りに人が集まっている。恥ずかしながらも、不器用ながらも、そうやって反応している姿をみて、ほっとする俺がいた。その光景は、志吹がクラスに溶け込めるようになる日も、夢じゃないのかなと思えたんだ。

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