第37話

 俺は早速Tシャツを脱ぎ捨て、鏡介とともにレンタルパラソルの設営をしていた。女性陣は海の家の合同スペースで衣装替えだ。


「いやぁ、まじで楽しみだなー。女子の水着☆」


 パラソル固定用のビスを地面に打ち込みながら鏡介が言う。


「ごめんな、鏡介。本当は友達も呼びたかっただろ」


 企画段階では、鏡介の中学時代からの友達もいたらしい。俺も何度か、ゲーセンで一緒になった事がある。俺とも隔てなく接してくれる、気のいい奴らだった。


「また来ればいいさ。それに今回は、水谷さんが主役だろ? なら余計な男がいない方がいいだろ」


 鏡介はそういって手際よく設置していく。こういうことを自然に言えるところが、鏡介の男としての器が広いなと感じる。男にモテるタイプという奴で、鏡介がいるとそのグループが明るくなる。


「ありがとう」


 俺がそういうと、「気にすんな」と言ってくれた。


「そんなことよりもだな」


 パラソルの設置が終わり、荷物を起き終わった鏡介が、いつものヘッドロックを決めてくる。


「お前、どうやってあの水谷さんと繋がったんだ?」

「あー……」


 今回の幹事は真帆だったこともあり、鏡介には俺と志吹との馴れ初めは説明していなかった。


「だってお前、一生関わることなんて無いぐらいのコト言ってただろ」

「確かに言った」


 その時は、本当にそう思っていたのだ。当時の俺には想像できなかったのだ。

 ――まさか俺が出会い系アプリで自分から声をかけることになるなんて。


「……隠すつもりはないんだけど、まぁ今度説明するよ」

「おおう、そうしろ。じゃあねぇと、俺もどうしていいかわかんねぇからさ」

「どう、って?」

「どうって、そりゃあ、お前と水谷さんをくっつけるようにするとかさ」

「ばっ――」


 鏡介の突然のコメントに俺は慌てた。


「なんでそうなるんだよ!?」

「違うのか?」


 どうして鏡介は急にそんな事を言ったのか、俺にはわからなかった。


「違うよ」

「そうか。そんならそれで、前に言ってた――」


 鏡介がそう言おうとした時、


「鏡介、おまたせ」


 佐伯さんの声が聞こえた。振り返れば、いつの間にか準備を終えた真帆達が、コチラに向かって手を振っていた。


「おお、紗名、似合ってるな」


 赤いビキニにデニムハーフパンツ、そして白パーカーを羽織ったポニーテールの佐伯さん。人の彼女なのに、思わずドキッとしてしまう。そんな彼女は俺たちに労いのラムネソーダを渡してくれる。


「お疲れさま。はい、有坂君も」

「ありがとう」


 佐伯さんはニコッと笑った。いい子すぎる。


「下、履いてきたんだな」

「うん。スコート焼けが凄くって」


 そうして会話をしながら自然と荷物を手分けして纏めていく姿が、やっぱり恋人同士なんだなぁと思った。佐伯さんはしっかりしてて優しそうだし、それでいて結構美人だ。普段は気にしたことなかったけど、テニスで絞られた体も綺麗で、ちょっと格好良かった。こんなにいい彼女を置いてこようとするんだから、鏡介も罪な奴である。


「才賀君、サンキュー」


 そうして真帆達が合流する。

 真帆はグリーンのフリフリつきタンキニだ。ぺったんこな部分がうまくフォローされていて、それでいて元気な真帆によく似合ってる。


「ねぇ、見てみて!」


 真帆が指差す先には、明美の水着姿があった。若干恥ずかしながらも、しかし堂々と立つ明美は、サーモンピンクのビキニをバッチリと決めているが――


「腹筋やばくない?」


 そこには鍛え上げられた腹筋があった。


「すげぇ!」


 見事な縦筋と、うっすらと見える横筋。筋肉量があるというのもあるが、それよりも、無駄な贅肉が一切ついていないから際立っているという感じだ。ふくらはぎのししゃも具合もかっこいい。


「真帆、よしてよ」

「おお、三田さん、仕上がってんな! 相当絞ってるだろ、これ」


 と筋トレ趣味の鏡介が早速食いつく。


「いや、そうでもないよ。昔の名残で、落ちなくてさ」


 鏡介はその腹筋を眺めながら「触っていい?」と聞き、「別にいいけど」と返答を貰ったところで佐伯さんに頭をビンタされていた。


「昔の名残?」


 俺が尋ねると、代わりに真帆が答えた。


「明美はね、ずっと陸上やってたんだよ。中距離の選手だったの」


 なるほど、それで合点が行く。脂肪が極端に少ないのは、陸上選手の体型イメージピッタリだ。


「やってた、ってことは、辞めちゃったの?」


 俺がそう聞くと、真帆はしまった、という顔をしたので、俺もまずいことを聞いたと思った。そのわずかな間が沈黙に変わるより前に、明美が言った。


「怪我だよ。――よくある話だよ。一年の終わりごろかな」


 明美はシリアスな雰囲気を嫌うように、よしてよ、と言ってため息をついた。


「今でも普通に走れるしね。泳ぐのも無問題。つーわけで、心配ご無用」


 その明美の気持ちを汲んでか、鏡介が早速食いついた。


「あ、やっぱ今でも走ってんのか。じゃなきゃあ、さすがにもっと落ちるっしょ」

「いやー、一度ついちゃうと、頼もしくてね。つい」

「おあー、わかるわー。あの腹筋の防御力を知っちゃうと失えないよなー」

「そーそー」


 そうやって明美と鏡介、そして佐伯さんが打ち解けている。


 人には色々あるんだな、と思った。人には、過去があるんだ。


 そうして自分の過去を思い出し、振り解くように首を振る。

 そうして、三人の姿が見えないことに気がついた。


「あれ? 他の三人は?」

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